小さな恋のメロディ・U
「それで、何がどうしてこの馬鹿はこうなってんだ」
漆黒の死神がオニキスの瞳を怒らせて睨み付けているのは、綱吉の顔をした別人だった。そうとしか表現の仕様が無いのだ。
「よッ、邪魔してるぜリボーン」
「ディーノ……」
がちゃ、と元教師に銃口を向けられてキャバッローネは「待て待て」と手を上げる。
その離れた腕を不満だと訴えるように、綱吉の躰は彼の胴体にぎゅっとしがみついた。
リボーンの眉がコンマ1ミリ動いたことに誰が気付いただろう。
周囲には不穏な空気が漂っていた。まさかこの状態のボスを衆目に晒すわけにもいかず、部屋に集っているのはキャバッローネのロマーリオと、ボンゴレ幹部のうちでもいわゆる側近連中だけだが。
獄寺は悪童の癖を今にも発揮しそうだし、山本は口端を吊り上げながら静かに気配を研いでいる。雲雀だけはどこか面白そうに様子を見ていた。
「病気か?」
シャマルの領分じゃねえのかコレは。いわゆる不治の病系の。
「藪医者の話だと自分の管轄じゃない、だそうですが」
「さぼってんじゃねーだろうな、あの藪」
ちっと舌打ちしてリボーンは綱吉の前に立った。
綱吉とディーノはソファに並んで腰掛け、片方は相手の腰にしがみつき、片方はその肩を抱いている。
一体どこのバカップルだと突っ込みたいが、ふたりはこれでもイタリア最大といっていいマフィアのトップだ。いろんな意味で恐ろしい光景である。
うっとりと男の膝に頬を預けている綱吉は違和感がありすぎて、リボーンは今度こそ厭そうに眉を寄せた。
「おいツナ、テメー」
仕事もしねーでいい加減にしやがれと銃を向けても反応はなし。
「お前もだ、ディーノ」
悪ノリはしているが綱吉と違ってこちらは正気なのだ。仮にもボスがファミリー空けっ放しにしてどうすんだ、と。
「っていわれてもなあ。離れるとすげーぞ」
「ああ?」
論より証拠と立ち上がったディーノに、リボーンは目を見開いた。
彼の頭のあった場所を、物凄い勢いで飛んでいったティーカップが壁に激突して飛散する。避けていなければ明らかに流血沙汰だ。
壁の絵ががたがたと揺れ、テーブルが傾ぎ、ランプが点滅を繰り返す。
そして、彼が元の位置に戻るとそれらは全て静まった。
「……ポルターガイスト……?」
誰かの声が現状を正しく表していた。
これがトリックの類でないことは判る。何より綱吉の様子が証拠だ。
だが、ボンゴレが降霊師や悪魔祓いを頼んだなどと知れればどんな噂が広がるか判ったものではない。
尾ひれどころか胸びれ背びれまて付いてさぞや面白おかしく喧伝されることだろう。
「でも、実際専門家がいないとどうにもなりませんよ」
「つうか原因は何だ原因は」
リボーンに問われて顔を見合わせた者たちは、どことなく引き攣った微妙な表情だ。つまり、心当たりがあるのだろう。
「ふうん。やっぱりその指輪が問題なんだ」
当日居合わせなかったはずの雲雀が、綱吉の指にあつらえた様にしっくりと嵌ったアクセサリーを指した。
「やっぱりだと?」
「ハルがいうには、それを売りつけた人間はもうトンズラしてるらしくてね」
女の勘というべきか絶対にあれが原因だと飛び出していった彼女のほうも、こうなると手がかりを掴むのは難しい。少なくとも今すぐとはいかないだろう。
「大体、君たちは楽天的過ぎるんだよ」
どうしてハルの指輪が綱吉の指に合うのさ。
いわれて、あ、と間抜けな声を上げる側近たちだった。血も滞らず、彼の指にぴったりと嵌った指輪の異常性にようやく気付いたのだろう。
「そういえば、心なしか此間より綺麗になってるような……」
「てっきり十代目が磨いたのかと……」
綱吉を刺激しないよう距離を取りつつ、始めの時と同様ライターを翳した獄寺は石の色の変わり具合がよりはっきりとしていることに気付いて肩を落とした。
「宝石の色まで綺麗にゃなんねーよな」
考えてみれば、と山本はまいったなーと頭をかいた。雲雀とリボーンは妙なところで抜けているボスの両腕に溜め息を吐いた。あるいはそんな周囲の鈍い反応すら『呪い』のうちなのかも知れなかったが。
「呪いの指輪ねえ」
「無理やり外すと災厄が降りかかるんだったか、持ってると不幸になるんだったか、はたまた……」
「てーか、こりゃどんな呪いだよ。何でキャバッローネのボスなんだ?」
「オレが知るか」
切って捨てながら、リボーンは十年前のことを思い出していた。降霊師に呼び出されたロメオの霊に真っ先に遭遇したのは綱吉だ。もしかしたら、彼はそういったものを呼びやすい体質なのかも知れない。
彼が益体も無いことを考えてしまうほどに、目の前にあるのは逃避したい現実である。
おーいこいつお持ち帰りしてもいいかーという同盟ファミリーのボスの意見は評定を続ける彼らの耳には聞こえていなかった。
2005/11/01 LIZHI
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