小さな恋のメロディ・V

「はあ、指輪に触るのはちょっと無理そうですね」

 まあ自分で大きさ変えちまうくらいのモンだったら壊すのも大変そうですけどねえ。抜けないことにはボスの指まで壊しちまいそうだし。
 ぶつぶつと呟いて首を傾げているのは雲雀が連れてきた部下で、元インチキ霊媒師なのだという。スキンヘッドに刺青の入った見た目はインパクトがあるが、また妙な人材をそろえていたものだ。
「大丈夫なのかよ、あんなんで」
「さあどうだろ。ケチなサギなんかやってたんだけどね、実際視ることは出来るらしいから」
 除霊は無理だけど、という言葉に不安になるのは獄寺ばかりではないだろう。
「意味ねーじゃねえか!」
「呪いの指輪かそうでないかの区別くらいはつくんじゃないの」
 愛と根性で件の古物商を見つけ出したハルによれば、そもそも回りまわってきた品物で出所を探るのはかなり難しいということだ。思えば、それだけ実害があったということではないだろうか。それまでの持ち主がどうやって難を逃れたかが判れば一番いいのだが。
 誰も逃れていない、という可能性もあったが。
「ヒバリ様」
「ん、判った?」
「はあ、まず今ボスにくっ付いてる、というより重なってるのは小さい女の子ですね」
「ああ……、何となく予想はついてたよ」
 雲雀の意見にリボーンも頷く。なんというか、ディーノへの甘え方がそんな気がしたのだ。離れようとすると彼でも攻撃を加える理不尽さも。
「重なってる?」
 山本の疑問に、はあ、とベッキオは綺麗に剃り上げた後頭部を撫でた。そんな感じがするんです、よくわかりませんがねえとなんとも心もとない事をいう。『客』であれば尤もらしい話でもでっち上げたのだろうが、素性が割れているために取り繕う必要を感じていないようだ。
「その女の恋人かなんかがキャバッローネってことか?」
「あー、いやもっとちっさい子ですよ。八つくらいですかね」
 隠し子ですかと普通に訊かれて、じっと視線の集まったディーノはぶんぶんと首を振った。
「じゃあ、」
「オレは断じてロリコンじゃない!」
「ボス……」
「どうだか」
「犯罪だね」
「十代目ー!!」
 何となく視線を逸らしながら、リボーンはそれでどうすりゃこの馬鹿は戻ってくるんだ、と尤もな問いを投げた。
「はあ、幽霊ってな基本、生前の欲求抱えてるウロウロしてるわけですからね。つまるところこの子が満足すれば良いんで」
「どうやって?」
 八つや九つの女の子が満足する方法など彼らにはさっぱり思いつかない。年齢的に一番近いのはリボーンだが、彼を参考にするのはとてつもなく間違っているだろう。
「……もしかしてそいつ、キャバッローネを連れていこうとか思ってるんスかね」
 ぼそりと呟いた獄寺に、しん、と沈黙が落ちた。いくは、つまりは逝く、だ。
 冗談じゃないぞ、とディーノは今頃焦りだしたようにシシリア、マリアンヌ、イリーナ、メグ、ミリイ、アンジェラと呪文のように女の名前を唱えた。
「おいおい」
 やべェんじゃねえのかそれはとギャラリー一同が思った瞬間。
 どか、と派手な音を立ててディーノの長身が壁めがけて吹き飛んだ。更に襲い掛かる調度品に、ロマーリオがディーノを守って躰を張る。
「ボス!」
 ぴし、ぱしっと空気にひびが入るような音がはっきりと聞こえ、冷気が足元を這い登ってくる。どうやら本格的にポルターガイストのお時間らしい。
「っかー、効いた」
「ディーノ、お前わざとか」
「ん。ツナを独り占めってのも悪くないんだけどな」
 オレはキャバッローネのボスだから、一人のものにゃなれないんだ。アレがどんなに魅力的なお嬢ちゃんでもな。
「ふん、上出来だ」
「で、お前はどーすんの」
「決まってる」
 間抜けな生徒にお仕置きするには、コイツが一番効果的だ。
 周囲を睥睨するように両手を広げて立ち上がった綱吉の周囲には、浮遊した品々が憎い男に狙いを定めているようだ。
 死ぬ気の綱吉にも似た気配を発する相手にリボーンが構えたのは、ボンゴレ十世が何より信じる己の腕と愛銃。
 ―――ツナ。
 撃った瞬間、ふわりと彼が笑ったような気がした。

◆ ◆ ◆

 リボーンの弾は違わず、綱吉の手に嵌った指輪の石だけを破壊した。
 可能だったのはやはりリボーンゆえだ。物理的な作用を受け付けなかった指輪も一瞬にして打ち込まれる三発の銃弾には抵抗しきれなかったのだろう。核を失ったそれは時間を早送りするように劣化し彼の指から離れた。
 その場に崩れ落ちた綱吉は今、何も知らぬげに眠っている。
 指輪がやってきた日からたった数日のことだったが、僅かに頬の削げた綱吉に獄寺は蒼白な顔をし、ハルは今度は泣かずに目覚めた時のためにと日本の粥を用意しにいった。病人というわけではないのだが気持ちの問題でもあるのだろう。
「生きてるってことは、食べるってことですもん」
 彼女の仕入れてきた情報によれば指輪の持ち主はやがて衰弱して、周囲の人間をひとり引き込むように亡くなったらしい。巻き込まれたと思われるのは全て金色の髪の青年だったそうだ。
 彼らの死因も事故や病気とさまざまで、あたりをつけて調べたハルだから判ったことだろう。彼女は彼女で相当責任を感じていたに違いない。
 きっとオレみたいな美青年だったんだぜと、懲りない男は笑いながら去っていった。愛人とピロートークの種にでもしそうな彼は見かけによらずタフだ。そうでなければマフィアのボスなどやっていられるものではないが。
 綱吉も、だからもうすぐ目を覚ますだろう。
 ベッキオが見たという少女は、どうやら幽霊ではなかったようだ。
 彼は思念体だといっていた。思念体と幽霊とどこがどう違うのかはリボーンにも判らない。普通は女性が選ばれる指輪の主になぜ綱吉がなったのかも。綱吉の無意識がハルを庇ったのか、彼の何かが力を持つ指輪を惹いたのか。彼の許へ行くためにハルを使ったというのもありそうな話だが、所詮はどれも意味の無い推測だ。
「つまり、あの指輪が女の子の本体だったってことでしょ」
 ヒバリはそういって山本を仕事に引きずっていき、獄寺の背中を蹴り飛ばした。ハルはベッキオとともに壊れた指輪を土に埋めて花の種をまいた。そこには毎年小さな黄色い花が咲く。
 そして、
「うぅえ、何かすっごい眠ってないオレ?!」
「鍛え直してやる、このダメツナ」
 ええー!と綱吉の悲痛な叫びが邸にこだました。

予想以上に長くなりましたが、このお話はこれで終わりです。
相手がディーノとはいえ(だからか)男にべったりの綱吉を書くのは非常に違和感がありました……。
ツナが自分のしたことを覚えているかどうか、女の子が何者だったのか、ベッキオさんに再登場の機会はあるのか。
語らぬまま不条理に終了。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
2005/11/01 LIZHI

雲雀さんやっぱり様呼びにしました(悩んだらしい) ツナいないと「様なんだ!」って突っ込んでくれる人いない、寂しい。いやほら、ごっくん余裕ないからさ……。
2005/11/08 LIZHI

No reproduction or republication without written permission.

CLOSE