小さな恋のメロディ・T
「ふぅええ、すみませええ〜ん」
「いやいや、ハルのせいじゃないから」
ね、と綱吉が宥めてもハルの罪悪感は消えないらしい。困った事態とはいえ、さして実害があるとも思えない綱吉は頬をかいてどうしたものかと頼りがいのある親友を見上げた。ここは一番楽天的な意見を出してくれそうな相手に振るのがいいだろう。
「ん〜。まあ、特に問題なさそうじゃね?」
見た感じ、と。こちらの意を汲んでくれる山本に感謝だ。何か叫びかけた獄寺は山本の手に口を押さえられている。感謝の二乗である。
綱吉はハルを安心させるように柔らかく微笑んだ。
「そうだよ。幸い血が滞ってる様子もないし」
いざとなったらリングカッターで切っちゃえば済むことだからの言葉通り、今現在綱吉の右薬指にはハルが骨董市で求めてきたという指輪がしっかりと嵌っていた。
原始的に石鹸を使おうと、腕力自慢の部下が力任せに引っ張ろうと、どういう拍子かぴくりともせず抜けなくなって小一時間が経つ。
始めはハルとふたりでウンウン唸っていたのだが、書類や報告のあった人間が部屋に集まって来ていた。
「そうです、早いとこ切っちゃいましょうよ十代目!」
山本の手を逃れた獄寺が得たりと勢い込んでいう。
「本当に駄目なときにはね、悪いけどそうさせてもらうとして。最後の手段だよ。だってハルのお気に入りだろ?」
ツナさぁああんとハルはますます滂沱の涙に暮れた。
うわ、オレなんか悪いこといった? とどうやら素だったらしいボスに周囲から乾いた笑いが漏れる。
手のつけられなくなったハルの頭をぽんぽんと叩いて、それにオレも何となく壊し辛いんだよねえコレ、と綱吉は窓から入る陽に指を翳した。
「隼人、ちょっとライター」
「あ、はい」
「何すんだ? ツナ」
「ん、確認してみよっかなって」
獄寺がさすがに心得た様子で、近づきすぎない位置でライターの火を石に翳す。
「へえ」
口笛を吹いたのは山本だ。姿よく、ハルが気に入ったのも頷ける細工の美しいアンティークの指輪はどうやら中央の石がアレキサンドライトだ。光源によって変わる色はさすがに最上のものとはいい難いが当然だろう。骨董市の掘り出し品なのだ。
とりあえず、現実的にはこれに似合うスーツでやり過ごすくらいが綱吉の思いつく対策だろうか。古ぼけた具合もボンゴレの指に嵌れば、勝手に意味を付加してくれるのが世間というものだ。
だから手伝ってくれる? と。
ハルは瞼をごしごし擦って、はい!と前のめりに応えた。
「まあ、そのうちなんとかなるでしょ」
綱吉の鶴の一声で、けして暇でない幹部一同はその日は已む無く散会したのだった。
「ツナ?」
「―――あ、」
済みません、と綱吉はばつが悪そうにディーノに小さく頭を下げる。
あまり褒められたことではないが、この兄弟子の前ではどうしてもドン・ボンゴレではない『ただの綱吉』に戻ってしまうのだ。勿論、他のボスやファミリーの目がある場所ではお互いの間に引いた線を越えることは無い。とはいえ少年時代の憧れは仮令同じ立場に立ったとしてそう簡単に抜けるものではないのだろう。
無粋な仕事の話を切り上げ、他人の目なしに会う事がそうそう出来ないほどに忙しい彼らが久方ぶりの兄弟弟子の歓談中。綱吉自身、彼に会えることをことのほか楽しみにしていたというのに。
もともと美丈夫であったが、そろそろ威風堂々という言葉が似合う風格すら身に着けたドン・キャバッローネは、恐縮する綱吉にそう気にするなとそれこそ昔のような親しみのある笑顔で告げた。
「ボンゴレが働きすぎなんじゃないかと、心配になっただけだ」
「そんな事は……」
「いいさ。なんならオレの膝で休んでもいいんだぜ」
ぱん、と自分の脚を叩いてみせて、カラリといい放つディーノは男からみても格好よくてチャーミングだ。発言が少々セクハラ気味であったとしても許せてしまうのは得な性分だと思う。
「本気にとったらどうするんです?」
「そりゃ願ってもないね」
ふふ、と笑みこぼし合うボスたちに背後の獄寺がなんとなく不穏な気配を漂わせたが、怒鳴りつけてこないのは成長したなと密かに思うディーノだ。からかいがいが減って少しばかり寂しいが、本質は変わらない彼らが愛おしくもある。
ちょうど会食の支度が整った頃合だった。客人を促すように腰を上げかけて、綱吉は急に重力の強くなった感覚を覚えた。
視界が蜃気楼のように歪む。
『みつけた』
「え?」
「ツナ、どうした?」
「十代目?!」
もう一度椅子に座り込んで顔を押さえた綱吉に異変を感じ、控えていた獄寺が焦った声を上げる。
それさえぼんやりと遠くに聞こえ。
綱吉の意識は、そこでブラックアウトした。
2005/11/01 LIZHI
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