―――ロックオン・ストラトスがマイスター候補から外される。
嵐のように巡ったその噂で、ソレスタルビーイング施設内は局地的に蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「久しぶりにこっち来たけど、何だかすごいや」
貴方と一緒に歩いているだけなのに、皆、面白いくらい振り返るんだよね。
「よっぽど娯楽が少ないんだなあ」
「いってくれるな、アレルヤ」
噂の当事者であるロックオンは、同じくガンダムのパイロット候補でもあるアレルヤ・ハプティズムに恨みがましい視線を向けた。片眼を前髪の下に隠した温厚な青年は、理知的なグレイの瞳に僅かな揶揄いを乗せる。
「ロックオンの場合、あれだね。これまでが順調すぎたんで反動が大きいんだ」
「はいはい、俺って結構嫌われ者だったのねって落ち込んでるとこさ」
「不貞腐れてるなあ」
そんな貴方にお土産ですよとアレルヤが手持ちのバッグを開けた途端、オレンジ色の物体が結構な勢いでもって飛び出した。
ボール状のそれは勢いのままロックオンの胸に飛び掛る。他に類を見ない特徴的な物体の登場に、つい頓狂な声を上げた。
「ッハロお?」
それがまた彼等に注目を集めさせたのだが、この際無視だ。
ヒサシブリ、ヒサシブリ
久久に聞く機械音声に眼を丸くして、ロックオンは思わず形を確かめるようにオレンジ色のボディを見回した。小さな穴を二つ空けたようなツインアイが点滅する。
「おま、何で。開発班とこいるはずだろうが」
「だから、噂が問題なんですよ」
ハロを片手に掴まえたまま、ロックオンはあちゃあ様子見かよと額を打った。
玩具のように見えて、超高性能の独立型AIであるハロは、整備用ロボを操るだけでなくデュナメス搭載時にはマイスターを補助するほどの機能を有している。最近のシミュレーション結果だけはけして見てくれるなと願いたいところだ。そうはいかないのだろうが。
「……たいしたことじゃないって。ちいとばかし体調を崩した。んでお小言を喰らった。そんだけだ」
「それは子守りが原因で?」
間髪入れないアレルヤに思わず黙り込む。代わりにハロが、コモリ、コモリと喚いた。
「誰に聞いたんだよ」
「うん、頼まなくても皆さん親切に教えてくれるから」
ロックオンは、むと唇を真一文字に引き結ぶ。恫喝じみた問い返しにも動じない同僚は、珍しいですね、といった。
「適当に誤魔化すのがお得意でしょう、ロックオン」
適当に―――誤魔化せば善かったのかと思う。
「部屋を、移る?」
普段であればロックオンがシャワーを終える頃には、眠れぬまでもベッドで丸くなっている刹那がシットアップをやっていた。ベッドの脚に足首を固定して、若くまだ薄い筋肉を小気味よく動かしているが、それでは汗を流した意味が無いだろう。ぼんやり見下ろしていると、運動をやめた彼に話があるといわれた。
今はお互いのベッドに坐って向かい合っている。ハロは本物のボールのように幾度か弾んで、部屋の隅で転がっていた。
「俺に対する監視期間を終了する、と」
行き成りだな、と驚いたロックオンに刹那はそういって返した。監視、という堅い言葉に胸がひやりとする。そうだ、始まりはそうだった。
刹那と同部屋になってから一月ほど。確かに最近の彼の安定を鑑みればありそうなことだ。ついでにそれと反比例するように調子を落としている、ロックオンへの配慮でもあるのだろうか。
「じゃあ、また一人部屋に?」
刹那は小さく首を振った。まだ幾分しんなりと水気を含んだ髪が揺れた。
人員が増えたらしい。だから、今度も俺は二人部屋だ。
「な……大丈夫なのかよ、お前」
口に出してから、しまったと思った。ロックオンが追い掛けなかったあの日から、いつの間にか触れるのがタブーになってしまった、刹那の奇妙な夜間不眠症を示唆したからだ。
ただ、刹那に気にした様子は見られない。
「上手くやる。それに、彼もマイスター候補らしい」
「彼」
「アレルヤ・ハプティズム」
予想はしていたのに、頭を殴られたような気持がした。
昼間に会った時は何もいっていなかった。子守で体調を崩したのかと訊いてきたぐらいだ。ならばその後、刹那は彼と会ったことになる。そして上からの指示に素直に従った。
何も間違っていない。
刹那は、当たり前のことをいっているだけだ。彼は悪くない。
―――悪くない? 何だ、それは。
おかしい。
彼の態度のどこに、ロックオンが気分を害するような理由が潜んでいるというのだ。強いていえば、シャワー後などでなく、もっと早くに教えてくれればと思いはしても。否、早く知らされたところで何も変わりはしない。刹那は、一番落ち着ける時間を彼なりに考え選んだだけだ。ちゃんと話す心算があったということだ。彼は、律儀だから。
それとも、当事者の一人だというのに、自分が蚊帳の外に置かれたことが腹立たしいのか。頑是無い子どもでもあるまいに、そんな馬鹿なことはない。
しかし今、ロックオンは正体不明のマイナス感情に内面を苛まれている。だからそのとき、刹那がどんな顔をしてたかなんて覚えていない。
そうか、とか、わかった、とか。自分がどう答えたかも曖昧だ。
ただ、部屋の隅に転がっているハロが、誰かの言葉尻を捉えて意味のない機械音声を繰り返した。
2008/01/28 LIZHI
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