「あの子も大分安定してきたじゃない。初めはどうなることかと思ったけど」
早速やらかしてくれた時は流石に考えたわよと、スメラギはこの施設における懲罰房送り最短記録を更新した刹那への苦笑いを浮かべ、一転視線を鋭くした。
「なのに、今度は貴方っていうのは合点がいかないわね」
ブリーフィングルームではなく、個人的にスメラギに呼び出された形である。人目のないぶんロックオンは砕けた態度を隠さなかった。普段からそう折り目正しいともいえないほうではあるが。
「俺は別に流血沙汰を起こしちゃいませんが」
「そのいい方も貴方らしくないわ、自覚ある?」
他人を、刹那を揶揄するような言葉の選び方は、確かに褒められたものではない。
ほう、と溜め息を吐いたスメラギは、顎の下で組んでいた手をどけて端末をロックオンへと向けた。態態グラフ化して見せられなくとも解っている。射撃命中率七・五パーセントダウン、シミュレータによるモビルスーツ撃破率九・二パーセントダウン、同、機体損壊率は昨日ついに十一パーセントを越えた。
全てここ三週間の訓練中、ロックオンの記録した―――不名誉な数値である。
初めは何かの間違いか、不具合のせいかと考えた。元に戻るどころか徐徐に落ちていく数値に、まるで足許から砂に飲まれていくような思いがした。
「率直に訊くわね、何があったの?」
「いえ、特に」
「それでは答えにならないわ」
「じゃあ、候補の名を取り上げますか」
「ロックオン」
失言でした、と頭を下げた。そうしながらも何故か心が冷えていた。
不調の理由など、自分で判るようなら苦労はない。
「本当は、開発班からデュナメスの調整用パイロットの打診がきてたのだけど、この分では保留にするよりないようね」
貴方の仕上がり次第では、実働試験まであちらに、ということも考えたのだけれど。
「……それは」
申し訳、ありません。
咽喉から搾り出すような声で再びの謝罪を紡ぐ。いつの間にか握り締めた拳に力が入っていた。革製のグローブが擦れて小さく悲鳴を上げた。
不甲斐なさに、いっそ笑いたくなる。
退出を許されると、廊下に寄りかかりもせず刹那が立っていた。
「なんだ刹那、どうかしたか」
普段と同じように接した心算であるのに、少年は何故か小さく息を吐いた。場所柄を考慮すれば彼もまた出頭要請を受けたのに違いない。態態それを尋ねる不用意さを不審がられたのだろうか。案の定だ。 「俺も、呼ばれた」
あんたが先に来ているとは思わなかった。
「そうか」
先客がいると知って、律儀に待っていたのだろう。刹那にはそういうところがある。難しい部分を抱えていても彼は根が素直だ。捻じ曲がっていないという意味で。
だからあの夜のロックオンの言葉も額面通り受け取ったに違いない。
「何かしたか」
「え?」
「あんたに、俺が」
真っ直ぐに向けられていた冬芽色の眼が瞼に隠れ、答えが返らないと知るや刹那は 「なんでもない」 といい置いて部屋へと入っていった。取り残されてロックオンは、自分が酷い間違いを犯したような気持になって、途方に暮れた。
―――あの夜が明けた朝、刹那は何ら変わりない様子で短い挨拶を寄越した。
夜中に一度、嘔吐したのは知っていた。そのままベッドには戻らず部屋を出て行く気配を察したけれど、ロックオンは追い掛けることをしなかった。戻ってくる可能性もゼロではなかったし、そこまでされるのは刹那としても複雑だろうと思われた。
実際、一時間もしないうちに彼は部屋に戻った。
刹那は、まだ年若くともただの力ない子どもではなく、ロックオンと同様のマイスター候補である。無条件に庇護されることは少年の矜持が許すまい。何よりも彼は戦いを選んだ者なのだから。
刹那が安定してきているというのなら、それは喜ばしいことだ。
体力的な問題は残されているようでも、少年の熱心さならばいずれ克服するだろう。彼の躰は若木のように発展途上であり、そしてポテンシャルは高い。
あの夜、手を差し伸べたのは、静かに身喰いをするような彼が放っておけなかったからだ。ロックオンもスメラギも、恐らくはヴェーダも刹那の意志と能力を買っている。にも拘らず、本人だけがそれを判っていないような不安定さを身内に囲っているのが許せなくて。
それだけだ。
実際の刹那はロックオンの手など然して必要とはしないまま、きちんとああして立っている。
なのに。
「どうして俺は、苛立つ……」
自身の不調の理由。
安定を増した刹那。
彼は未だ、自分の隣では眠らない。
2008/01/28 LIZHI
No reproduction or republication without written permission.
CLOSE