刹那に科された謹慎期間の三日が明けた。

「おら、さっさと入れよ」
 ロックオンは肩越しにそういい置いて、新しいルームメイトを招き入れた。
 今日は、年下のパイロット候補な問題児がロックオンの部屋に移る日でもある。先に説明を受けていた自分はともかく、説教の最後についでのように付け足された刹那にとっては寝耳に水の、共同生活突入記念日だ。
 ―――こちらとて充分に予想外ではあるのだが。
 ロックオンにとっては、上官でもないのに監督者として眼を光らせろというお達し。刹那の内面にとっては恐らく懲罰の続き。指示を受けてからこっち、彼の気配は堅く尖ったままだ。悠々自適な一人部屋とはおさらばするよりないが、不思議なほど厭だとは思わなかった。
 面倒は増えるのだろうけれど。
 不安を挙げるなら、少年が懲罰房入りになった原因くらい。接触忌避症候群と密かに命名した。同じ空間で起臥する以上、避けて通れない最低限度の接触は有り得ることだ。あそこまで激烈な反応は、戦闘時に限ったことかも知れないが。
 そうでなくともこの生活である程度慣れさせたいという、スメラギ辺りの策謀を感じるわけで、寧ろコミュニケーション能力をどうにかしろということかも知れない。たかだか二十二歳の男に上は何を求めているのだろう。
 振り返れば、刹那は未だ入り口の手前で立ち止まっている。
 彼の荷物は既にこちらへ有無をいわさず移動されているので、自分の部屋には戻りようがない筈だ。何せロックすら開かない。
「ロックオン・ストラトス」
「……いい加減、ロックオンでいいぞ。フルネームでなきゃ、人物確認が出来ないわけじゃあるまいし」
 機械にでも呼ばれているような気分だし、冗談口が事実だとしたら結構なショックだ。
「オレのミスで、あんたが迷惑を被る謂れは、無いと思う」
 ―――驚いた。
 一時、二の句を継げなくなるほどには。
 自身の罰は甘んじて受けた少年は、途方に暮れた子どものように、ぽつりぽつり口にする。彼はロックオンに迷惑を掛けたと考えていて、ロックオンがそう思って当たり前だとも考えている。確かに、完全にとばっちりではあった。
 刹那のそれが、どんな心のかたちから出たものかは解らない。気遣いだとか遠慮深い性質だとかそういうものとは毛色が違う。ただ、彼の纏うガードの下には己に向かって鋭い棘が生えているのかもしれないと、そのとき思った。
「……つったってなあ、上の決めたことだよ」
「だが」
「あああ、面倒臭ぇなあお前さんは」
 いいから入れ、と大またに近付いたロックオンは彼の細い腕を掴んだ。
 瞬時に強張る筋肉の動き、全身の強い緊張、刹那は眉間に皺を刻むが振り払うまではいかない。堪えているのか。
「そんなに厭か」
「何」
 赤褐色の強い眼がロックオンを振り仰ぐ。にやりと笑ってやった。
「どれだけ厭でも、慣れて貰わなきゃなんねえさ。一先ずは部屋に入って俺の淹れたコーヒーを飲め」
 そして無理に引っ張るのではなく腕を放した。刹那は漸く現状を認めたようだった。 「……淹れたのはメーカーだろう」
 自力で境界を跨いだ彼に、その通り、と片目を瞑った。

 同部屋で起居を共にすることになると、年齢は兎も角立場の近い刹那とロックオンは行動時間の多くが重なるもので。避けるのでも、態態合わせるのでもなく自然と一緒にいることが増えた。この辺り、同部屋効果というのは馬鹿にしたものではない。
 飯に行くぞといえば、黙って後ろをついてくる。
 意外なことだが、刹那は基本的に何かを勧められて厭といえない人間だった。断れないのか断らないのか、もしもロックオンが彼の親ならば、性質の悪い女かセールスにでも引っ掛かりはしないかと、たいそう気を揉むことだろう。
 尤も、四六時中一緒にいるというわけでなく。彼は、気付けばふらりとどこかへ消えている。こういうのを半野良というのだろうか。
「あ、刹那」
 何だお前出てきてたのかよ、と。トレイを持った二人に食堂で声を掛けてきたのは、例の刹那の模擬戦の相手だ。じろ、と改めて刹那を見下ろして、ち、と舌を打ち鳴らす。こうしてみても体格差は歴然だった。ロックオンは別段とがめだてもせず近場の席に腰を下ろした。
 経緯を知っている数人が、気にしていない素振りで聞き耳を立てている。
「次やる時は負けねえぞ。あれは俺の油断だった」
「……戦場で命は一つだ」
「本当に可愛げがねえな、そりゃ素かよ」
「素?」
「しかも話が通じねえ」
 んだよそれは、こっちが馬鹿みてえじゃねえか阿呆らしい。ラッセは筋肉質の肩を怒らせて刹那に背を向けた。
「いっとくが、俺が悪かったとは思ってねえからな。こんなんは掠り傷だ」
 ロックオンは先に食事を始めながら、向かい合って席に着いた刹那をにやにやと眺めた。
「何だ」
「別にィ」
 そういうものだと理解出来れば腹を立てるのは馬鹿らしくなる。こいつはこいつで、それなりに馴染んでいるのかも知れない。
 などと思ったロックオンを、ラッセが呼んだ。
「そこの山猫に、しっかり鈴つけとけよ。飼い主の義務だろうが」
 ―――よく口の中のもの噴出さなかったな、俺。
 居合わせた者たちから笑いが起こる。
「……やまねこ。何故」
「あんのやろう、刹那が出て来たこととっくに知ってんじゃねえかっ」
 私設武装集団ソレスタルビーイング。近い将来、全人類の敵予定。
 つくづく、面倒臭い人間の集まりだ。


2008/01/28 LIZHI
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