「否、知らないなら知らないっていってくれんかな、紛らわしいからさ」
「……」
他に人気の無いシミュレーション・ルームを通り過ぎかけた刹那を見て、漸く真実に気付いたロックオンは小さく溜め息を吐いた。同じくマイスター候補という立場である彼の経歴についても、詳しいところは詳らかにされていない。恐らく組織内の他の施設にいたのだろうが、ほとんど勘で辿り着いた辺りは褒められるべきだろうか。
「何故付いてくる」
「俺だって訓練はすんのよ」
他人の存在が邪魔なのかと思えば、そうか、といともあっさり受け入れられる。聞き分けがいいのか、他人に興味が薄いのか、はたまた他の語彙が彼の辞書に載っていないのかどれだろうかと考える。
「使い方は?」
「問題ない」
以前に使用したものと同型であるとか、違うとしても問題ないとか、凡そそうした親切な解説は求めるだけ無駄だとこの短時間で諒解した。にしても初めて訪れる施設で行き成りシミュレータに坐るとは。余程モビルスーツが好きなのか。
否―――ガンダムが、か。
まあ熱心なのはいいことだがな、とロックオンはデュナメスに搭載予定のライフル型コントローラの付いた一台に滑り込んだ。最近配備されたもので、つまりは指定席である。だがスコープは覗かず刹那が入った台を確認して、画面をそちらに繋ぐ。好奇心が沸いたのだ。あの無口無表情無愛想な少年の見せる戦い方というものに。
刹那は気付いているだろうが、特に文句は聞かれなかった。モニタがミッションのスタートを告げる。
数分後。
―――近接戦闘、つうか特攻だなこれは。
意外なような、妙に納得するような。
OSはエクシアのものではないが、タイプとしては近いだろう、ソレスタルビーイングの自主開発によるものだ。ここでは望めばユニオンやAEU、人革連製の旧型も使える。特にAEUは量産型を第三国へ売り渡している所為もあり、組織にとっては入手し易く、ゲリラ戦で出くわす確率も高い。
当然、刹那が選んだのはCB製。
ミッションは岩石地帯と渓谷を抜けながら、目的地に向かって敵機を破壊していく至ってシンプルな地上戦だ。撃破ポイントとタイム双方が最終的な結果に反映される。
しかしミッションの性質よりも、操縦者の傾向自体が特攻寄りだ。
それゆえ時に遠方からの攻撃に対して、回避運動がぎりぎりになる。ぎりぎりでも避けているわけだが、現実の機体が喰らう衝撃度を考えれば、かなり危なっかしいといわざるを得ない。ロックオンは少しだけ眉を顰めた。とはいえ操縦にパイロットの若さが出ることは往往にしてあることだ。
端的にいって力任せ。
―――が、ヘリオンじゃ相手にならんな。
シミュレータを替わったロックオンがアクセスすると、ほどなく対戦が了承された。機体は双方ガンダムのベースといえるタイプ。兵装はライフル、サーベル、バルカン砲にシールド。判りやすい一対一だ。狙撃型でなくて構わないのかと通信が入ったが、ハンデ戦なんて心算はなかった。
懐に入られたら、それまで。
年上のお兄さんとしちゃあ、そう簡単にやられてらんねえだろ。
「相当、頑張らないといけないみたいだけど、な」
スメラギ・李・ノリエガを掴まえたのは、二日後だった。
「面白いことでもあったって顔ね」
「面白いもんかよ」
あらそうかしら、という彼女は端末と睨めっこを続けたままだ。正しい予報を出すには精確な情報をどれだけ得られるかに掛かっている。そうすればこそ、一匹の蝶が羽ばたいて起こした僅かな空気の動きが、猛烈な暴風の遠因となり得ることが示されるのだ。
戦争、紛争、経済に、政治的判断もまた。
「バタフライ効果、か」
「なあに?」
「何でも。忙しいなら出直すが」
「この時間を指定したのは私よ。シミュレーションのデータは見せて貰ったわ。彼をどう思う?」
生ける地球シミュレータはロックオンの用件も大方把握しているらしい。まあこれは当然だろう。
「ハロを繋いどきゃよかったよ」
「ふふ、刹那は怖いでしょう」
それが、パイロットとしての腕だけを指すのでないことは、ニュアンスで悟った。スメラギはロックオンの機先を制するように言葉を繋ぐ。
「あの子の過去については私も多くを知らないわ。ソレスタルビーイングは、そういうところよ」
「だろうな」
「けど、知らなくても解ることだってある。私はデータから。貴方は、どうかしら」
喰えない人だ、とロックオンは思った。
刹那の能力は高いし、伸びしろも大きい。けれど、どこかが脆い。
未熟というなら仕方が無い。モビルスーツでの戦闘値は経験で積み上げるしかないからだ。そういう意味ではなく。
エクシアを意識してか知らずか、剣をメインに使う近接戦闘タイプ。そのせいもあるのだろうが敵機との間合いがそもそも近い。回避反応は悪くないのに、だからこそか、保身を忘れているところがある。端から斬られたがっているわけではなくても、結果的にはそうなって何ら可笑しくない。ロックオンは間合いの外から駆動部を狙った連射で刹那の片腕を獲った。シミュレーションであればこそその時点で対戦は終了したが、0.5秒あれば刹那はこちらの胴体を真っ二つにしただろう。
「それじゃ駄目なのよ、マイスターとしてはね」
「あいつの見込みは?」
「肩入れするのね」
「そういうわけじゃないさ」
あれは、怖い。スメラギのいう通りだ。
命を預けるのも、彼の命を預かるのも。高高シミュレーションでそんな感想を抱くなんて、馬鹿げているといい切って仕舞えない。ソレスタルビーイングは自殺幇助のためにガンダムを造ったのではないのだから。スメラギの言葉がひやりと胸を刺した。
「壊れやすいものは怖いわ。上手く受け止められなかった時のことを考えてしまう」
「あいつは、そこまで弱くないだろう」
ただ少し―――少し、何だ。
酷くもどかしい思いがした。
反射的に異論を挟もうとしたロックオンは、シミュレーションの後も今も、刹那と多くを話したわけではない。そもそも、会話が成り立たないという感じで、喜怒哀楽もおいそれとは窺い知れない。
刹那の纏うガードは不安定なくせに堅固で、瞳は野生動物のように無感動で滅多なことでは動かない。それこそ固い冬芽のようにあの少年は閉じている。だったら放っておけばよいものを。
ここに来たのは、そう出来ないからだ。
懐かない生き物に構うのを趣味にしているわけでもあるまいに、もしかして自分は、スメラギのいうように既に彼に肩入れしてしまっているのか。そんな面倒なことがあって溜まるか。
「ロックオンはそう思うのね」
まるでこちらの葛藤を見越しているように、スメラギが苦笑に似たものを浮かべた。あるいはヴェーダもそう考えたのかも知れない。だからこそ貴方に任せたのかも。ロックオンは眉を顰めた。
「そういういい方はよしてくれ」
「あら、ソレスタルビーイングとしてはここで納得するところよ?」
「そらお生憎、ってな」
理念によって繋がる組織に身を置こうとも、唯一の絶対を無条件に受け入れ信じられるほど、この身は真っ新ではないのだ。十四歳という彼の年齢に絆されたとも思わない。
ただ、あの眼が。
一旦サスペンドした端末をそのまま、一人になった部屋で、スメラギは彼女の百薬の長を片手に局地的な予報を試みようとした。そんな自分自身へ、意識してストップをかけた。
「―――複雑な事象は、最初の切欠次第で最終的な状態に大きな差が出ることがあるのよ、ロックオン」
それがバタフライ効果。
彼の切欠がどんな些細な羽ばたきだったかまでは、予報士も与り知らぬことだけれど。
2008/01/28 LIZHI
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