原因を問いながら、刹那は、決してそれを知りたいのではないように見えた。顔つき態度、少しだけ眼を逸らす様。どこかが後悔を滲ませているように感じられた。善かれ悪しかれ率直な性質である少年には珍しいことに。けれども、そうした全てのものがロックオンの錯覚でなかったとはいい切れない。
 彼が、今まさに泣き出すのではないか、と。
 その瞬間、ロックオンが感じた危惧は瞬き一つで流されて、今泣きたいのは自分のほうだ。
 彼に怒りを感じていると―――。
 他でもない彼本人に見抜かれていて。
 それを押し込めて何でもないように接していたのだと知られていて。
 つまりはまったくの嘘吐きであると考えられて。
 ロックオンは、一体彼に何を伝えればいいのか、そもそも伝えられることなどあったろうかと、一瞬で暴風雨に見舞われた胸の裡に問うた。
「あんたには、迷惑を掛けた」
 どうして刹那が謝るのか、解らなかった。
「―――変な男で、理解不能で、お節介で、困ったが」
「おい」
 聞け、といって刹那は困ったように、しかし笑った。それは口端を少し持ち上げるだけの変化で、どちらかというのなら泣き顔のほうによく似ていた。彼の泣いたところなど、あの夜でさえ見たことがないというのに。
「あんたのしていたことは、規律違反だろう。俺がマイスター失格ならばそう奏上すれば善かった。が、あんたはしなかった。あれが尋問といえるようなものでなかったのは承知してる。赦されたような、気さえ、した」
 俺はどうしようもない馬鹿者だ。
「あんたが耐え切れなくなって、怒りを覚えても、それは当たり前だ」
 なのに、あんたはそれさえ押し込める。
「スメラギにあんたの不調に心当たりがないか、と訊かれた。恐らく俺のせいだろうと答えた」
「ば、おま、それで」
「監視期間の終了、といったのはスメラギだ。事実がそうでなくても」
 俺は、よくわからない。よくわからないが、ただ酷く息が苦しい。あんたたちは俺と違うものだ。あんまり違って、ここにしか俺の居場所はないのに、ここにも俺の居場所はない。そう思うのも何もかも俺が弱いからだろう。
「俺は」
 その後彼が口の中で呟いた言葉は聞き取れなかったが、それこそが十代の刹那をして、ソレスタルビーイングに入らせた理由であろうと、知れた。
 そうじゃない、というのは簡単だ。
 お前ばかりと思うなと、詰るのも簡単だ。
 そうじゃない、お前は悪くないといって、小さな躰を抱き寄せて、凍えたような彼を温めてやって、心配しなくていいよと優しく囁くことは、きっとロックオンには造作もない。
 だが、それでは、刹那は納得などしない。
 赦されたといって己を責めるだけだろう。
 誰もそんなことを少年にさせたいのでは、ないのに。
 刹那は何だか力が抜けたように、ベッドにとすりと腰を落とした。そのまま濡れ髪をばらつかせて項垂れた。彼の細首はやっぱり今にも折れそうで、シミュレーションであれば、鬼神のように敵機を駆逐していくパイロットと同じものとは到底思われなかった。もしかしたら彼は、マイスターとしてはあまりに不安定で、脆弱ですらあるのかも知れない。
 けれども、刹那。
 ロックオンは、もう彼を認めてしまっていて。
 強情なところも素直なところも律儀なところも強いところも弱いところも。
 解ってやって、解って欲しくて、願うことなら戦場で互いの命を預けていいと、彼に思って欲しくて。
 思われたくて。
 アレルヤに、可笑しな嫉妬めいたものを抱いていたことも気付いてしまって。それが彼本人にではない、他のものへの仮託でしかないのだと、本当は解っていた。
 なのに、ロックオンは、ここに至ってまだ刹那にどんな言葉も与えてやれてはいないのだ。
「訊いて、いいか」
 すげえ今更なこと、お前に訊いていいか刹那。
 小さな頭がこくりと動く。身構えなくていいのだけれど、刹那だから仕方ない。ロックオンはベッドに坐った彼の隣に、間を空けて同じように腰掛けた。
「眠れなかった夜、どこに行ってた? いいたくなければ、いわなくていい」
「……色色、だ」
「へえ、そんなにあったのか」
「誰も居なければ、シミュレータの、中。格納庫の側までいって、人がいたから、ロッカーに隠れた」
 機械の側だと、夜でも眠れるような気がした。
「大冒険だな」
「餓鬼じゃない」
「餓鬼じゃん。毛布もって揺り篭探すんだろ」
「そのうち、整備に見付かった」
 驚いて、危うく殺しかけるところだった。
「……」
 本当に、自分の知らないところで何をしていたものか。ロックオンは冷や汗と共に安堵を飲み込む。
「なんか、居てもいいとか、そういうこと」
「いわれたのか」
「解らない」
 聞いていて思った。刹那の奴、結構カメラに写っている。スメラギが気付いていないはずなかった。そこまで任されていたわけだ。
 期待に添えなくて申し訳ない。
「どうしようかと思ってたら、あんたが」
「ああ」
 彼の頬を叩いた夜だ。
 赦された、そう感じたと刹那は先程口にした。<赦された>理由が解らなかったから、混乱した。そうさせたのはロックオンで、けれど自分はただ臆病だっただけだ。
「結構乱暴した覚えあるけどなあ」
「それは、俺が悪い」
 刹那はそこでふうと長い息を吐き、ロックオンはこれほど長く彼が喋るところをはじめて見たと思った。慣れない事で疲れさせたかも知れない。そんな風に考えて、今までいかに言葉を惜しんできたかを思い知らされた。
「そのうち、あんたのほうが可笑しくなった」
「……気付いてた?」
「馬鹿にする」
「自分の不調を人の所為にするほど、落ちぶれたくないね」
「だが、怒っていただろう。不調になるよりも、前から」
「……ああ」
 刹那はそんな頃から気付いていたのだ。ロックオン自身さえ自覚のないような頃から。
「理由を、考えて、けど、解らなかった」
 ただきっと、俺が悪いのだろうと。
 そうして刹那は自分に出来る限りのことをしたのだ。必死に訓練を、眠れぬまでもベッドの上で夜を過ごすことを、スメラギに自分への罰を、求めて。
 ―――ロックオン・ストラトスがデュナメスのパイロットであるから。
 刹那にどういったらいいのか、まだ解らなかった。けれどロックオンの感情の根源はどうやらそこを外せないところにあって、刹那にとってのロックオンもまた、それを外せないところにあって。
 デュナメスのパイロットでない自分を、けれど自分自身、想像することが出来なかった。
 だからそれはきっと―――仕方の無いことなのだ。
 そう思い切るのは熱泥を飲み込むような作業であったけれども。
 何故なら、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして立つことは、今生きている彼等の、理由そのものであるから。
「怒っていたのは、自分にだ。お前の所為じゃない」
 しかし、といいさした刹那の口を掌で塞いだ。
「俺が勝手に嫉妬して、自覚もなしに荒れて、それさえ中途半端で、お前に心配されるほど情けない男だっただけだ。お前は何も悪くない。けど、それじゃ納得しないんだろう?」
 だったら、俺がお前に罰をくれてやる。


2008/01/28 LIZHI
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