【 杉の枝に心臓を掛け - After Dark - 】

 夢を見る。
 それは記憶というものかも知れないし、経験や学習を継ぎ接いだ畸形なモザイクであるのかも知れない。何れ脳の悪戯には違いなく、枷が外れたように刹那はあらゆる夢を見る。
 ただの夢だ。
 己が頭蓋の見せる幻の中で、男はどんなに背伸びをしても追いつけないような、大人であった。
 燃える空の下で男の髪もまた、紅蓮に燃えている。
 誠実なはずの神の代弁者の顔はしかし、背負った影の中でどこか歪んで思われた。
「気を付けろ。お前の眼は墜ちた太陽を追いかける雲の残光だ」
 どういう意味かと、果たして尋ねたろうか、それとも、その言葉もまたただの記憶の混乱か。あるいは、一人だけではなく、皆に対した訓示であったかも知れない。分解され、浮かび上がり、繋がった言葉がたまたま意味を持つように感じられるだけかも知れず。何もかもが陽炎のように不定形で定かでない。けれど、それは矢張りどうしようもなく密やかな色を帯びて耳に蘇り、あるいは悪意を持って再構成された。
 赤褐色の風景の中で、男はずっと笑っている。
 信じよといわれるぶんだけ、いつか手酷く裏切られることを予感していた。
 自分の意思だと刷り込まれた耐え難い熱だけを燃料に、この手で殺めながらそのくせ眼を瞑っていた。
 憎悪も、使命も、本当は何一つ己のものではなかったのかも知れないと、疑えば大地が抜け落ちるように恐ろしかった。
 幻のような熱に焼かれ、掴んだものは、罪だけだ。
 きっと残骸のまま生きている。
 けれども―――。
 あれは、拾うのだという。
 <刹那>の捨てる、ぽろぽろと零れるだけの残骸を、拾うのだと。水の色の眼をした物好きな男はいうのだ。熱よりも冷たい痛みを持って。
 それが、お前の心臓なのだと。

「ッ刹那、眼ェ醒ませ!」
「―――起きているが」
「だったらナイフ投げんな!」
 俺の命は幾つあっても足りねえよ、と運悪く刹那の眠りの糸に引っ掛かってしまった男は、枕の下に常備しているダガーの餌食になり掛けながら、気丈に怒鳴った。
 だから夜中に移動するのはよせといったのに。
「……平気だろう、別に」
 これくらいは刺さっても死なないぞ多分。
「待て待て、基準がオカシイぞお前」
「訓練の一環として、受け入れろ」
「強制か、強制なのか、俺が不眠症になったらどうしてくれんだこの野郎」
「ああ……心配ない」
 そのときは俺が、お前の骨を折ってやるから。

お疲れ様でした。

2008/02/07 LIZHI
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