雲雀が小さなファミリーを一つ潰してきた。今までだって似たような事例は幾つもあったのだ。
「おーい」
どんどんどん。
邸に与えられている問題児の居室をノックしても返事はない。扉に背中を預けて山本は最前から動く様子のないドアノブを眺めやった。鍵はある。執事に問えばマスターキィは。狂わせれば無力な電子ロックではなく鍵なのは安全性の奇妙なロジックだ。
大体自分はそれでは意味が無いからこうしているのだし。
けっして暇ではないのに手持ち無沙汰で困る。こんな時には煙草を喫う人間の気持ちが少しは分かるような心地がした。ヘビースモーカーで爆撃機な友人のあれも半分はそういうことなのではないか。即物的な理由は後から追い掛けて来るのであって。
「何してんのー、お前」
うるさいよ、と応えがあった。ようやくだ。山本は嘆息した。自分でも面倒臭いことをしていると思う。引き篭もりなんて柄じゃあるまいに。まるで天岩戸だ。
ただしこの場合スサノオはアマテラス本人だろうか。
「つうか、誰の怒りに触れたってんだよ」
大体、綱吉がそんなことで今更怒る訳がないだろう。うるさ型が何をいおうとだ。受け止めきってしまうかでなければ無視はしない程度に流す。ひらりひらり。とらえどころなく紙の様に。その癖気を抜けば血を流すのは相手のほうだ。向こうだってそろそろ解っているだろう。
神話と御伽噺の違いが判らない山本がこんなことを思うのだってらしくない。リズムが狂うのが昔から嫌いだ。
「ヒーバリちゃん、あっそびーましょ」
「殺し合いなら」
うお、と体重を預けていたそこに転がり込んで、仰向けの喉首に交差したのは彼独特の兇器。逆さまに覗き込む綺麗な顔は何時も通り無駄に整っていて濡れた髪から雫が落ちた。バタリと扉が閉まる音。シャワーならばそうだといえ。
「……大胆だなあ」
「君はいい加減馬鹿の極みだね」
自分から八つ当たりされに来るんだから。
「自覚ありかよ」
危険位置から首を抜いてバネを活かすように立ち上がれば、一歩間を取った雲雀が構えている。やめたつっても無理かと準備運動に首を鳴らせば、判ってるじゃないかと嗤われた。
―――オレは踊るよりアメノウズメを見るほうが楽しいなあ。
外で祈っていたのは待機した部下たちだったりするのだが、それは両名与り知らぬところだ。
◆ ◆ ◆
獄寺がレトロな救急箱をもって現れたのが彼の差し金だと思うのはそうそう間違いじゃないだろう。
「後始末のこともちったあ考えろ」
ふーっと。相も変わらず煙を噴き上げている彼がいうのは部屋の惨状のことではなかろうが、山本は悪い悪いと実のところまったく悪びれずに笑った。雲雀はといえば涼しい顔で立ち上がる。ボディにゃ結構打ち込んだのになあと苦笑を噛んだ。丸腰の不利なぞ関係ない。取り合えず最中にはぶちのめすことだけ考える。上着を着込んだ雲雀が振り返った。
「戻って来るまでに出てってよ」
「りょーかい」
訳わかんねえ、と獄寺の落とした溜め息は予想したより重くはなかった。潰した相手と古参のファミリーに『個人的な』関係があったから面倒になったらしい。綱吉が何といっているのかと訊いたら、友人は複雑そうな顔をした。
「『突けば弱みがいっぱいありそうだよねえ』とのことだ」
実際黙ったしな。
「……何時知ったんだよ」
「……さすが十代目だ」
「つうか理由訊きそびれたしな」
「お前はただの馬鹿だ」
あいつにもいわれたなあと山本は否定しない。強い者が大好きで、弱い者に容赦ない。気に入らなければ踏み潰す。彼の周りは屍だらけだ。それはこちらも同じこと。あれが少しばかり複雑に見えるだけで。
ちょっとばかり環境が複雑になっただけで。
と同時に単純になったこともある。なんにせよ、馬鹿というなら全員馬鹿だ。
つける薬のあるものか、と思って見れば消毒薬の容器にマジックで黒々と『バカ用』の文字がよく知る筆跡であった。日本語なところは愛だろうか。
「……負けた」
そう思うのはたった一人にだけ。多分、あいつもそうだろう。冷静な顔の下でちょっとくらいは焦るが良い。
ごろりと転がった山本の額を救急箱の角が襲った。
存在を忘れていた割と恥ずかしい死蔵品。アニメの雲雀さん出張ります記念にup
2006/11/04 LIZHI
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