寝苦しさに覚醒を促された綱吉は諦め悪く「ううう」と唸りつつ、寝返りがてら毛布を引っ張ろうとして、それが明らかな重さを有していることに気づいた。ついでに石でも載せられたように躰は不自由だ。それでいながら染み付いた危機回避能力が全くといって良いほど働いていない。危険はないのだと無意識が判断している状態だ。
―――昨夜何かあったっけ……?
回らない頭をうつらうつらと巡らせる。十年以上を費やしても、朝の弱さだけは克服できないでいるボンゴレ十世である。いや、したつもりにはなっていたのだ。低血圧というより、お前のはただ寝汚いだけだと家庭教師に一刀両断されようとも、正直な欲求が枕と毛布に縋りつかせるのは仕方の無いことだろう。
人目があるか、ホテルなどでは、無駄にリネン類を乱れさせることもなく定刻に眼を醒ます。本邸に入った当初がそうで、余裕が出てきたのは環境に慣れ立ち位置を確保し、こちらでやっていくことに目処の立った頃だった。その結果、どうやら克服したというのは間違いだったらしいと判明したのだが。
気配には敏いが殺気や怒気で無い限り放置する。図太いのか細かいのか判らぬ神経である。
それにしたところで、背中が鉄板になるほど寝過ぎたような覚えはない。
仕方なく時間を確認しようとして、綱吉は寝苦しさが腹に乗った丸っこい重しの所為だということに漸う気づいた。間髪入れず蹴り落としたのは起床時のテンションの低さゆえだ。
「………………ああ、」
ぼてっ、とベッドから転がり落としてみて。
ひどいですボンゴレー! と叫ばれて綱吉は重しの正体を眩暈とともに思い出した。
獄寺隼人は目の前の光景を微笑ましいといってよいのかどうか真剣に迷っていた。十代目のスケジュールを把握している右腕は、予想外の時間に入った内線連絡に首を傾げつつも、調達を告げられた代物を部下の腕一杯に抱えさせて主の居室を訪れた。待っていたのはなんとも幼稚園じみた光景である。ただし、園児たちはそれぞれに只者ではない。
ゲストルームは幾らでも空きが在るっつーの。
元、といっていいのか。アルコバレーノのうち三人までが揃って寛ぐ状況に、獄寺の米神がぴくりと震えた。
叫びださないのは、何より綱吉の意向こそを優先した右腕の矜持だ。それすら見越した彼らの態度であるなら腹立たしいことこの上ないが。
「ううう、何も蹴らなくたって、蹴らなくったってえぇ」
「朝っぱらからめそめそめそめそ煩せーぞコラ」
「死ぬか?」
スカル、コロネロ、そしてリボーン。
最強の赤ん坊たちはちょっとばかり見た目に育ったようであっても、いやさか最強である。
「……育って?」
「あー、隼人もそう思う?」
よかったー、オレの眼がおかしくなった訳じゃなくって、と綱吉はほっとしたように獄寺の肩を叩いた。運ばせたその場しのぎの衣類はしかし質の上では文句のないもので、各々に渡していく様はまさしく虹組のツナ先生だ。
「昨夜はここまでじゃあなかったと思うんだけどね」
あ、ちょっと長い、などと泣き虫スカルの身繕いを手伝う綱吉は、さらっと恐ろしいことをのたまう。獄寺は祈った。十代目、それは見た目はこーですが中身はあーなんですよ。
もう、あり得ないというのも面倒だ。
首を捻っている割には然程驚いてもいなさそうな綱吉には、特殊な成長過程を辿るだろうという程度の予測はあったのかも知れなかった。
仮令そうでも、なんかもうどうでもいいと匙を投げたい。出来る事なら。
「なーんか昔のフゥ太を思い出すサイズだよなあ。もう少し大きいかなあ、ねえ隼人」
獄寺は曖昧に微笑む。どんな返答をお求めでしょうか十代目。
「おいツナ、小さいぞコラ」
「ちょっと大きいですボンゴレ……」
「同サイズだとそうなる訳ね。仕立て屋呼ぶまで裸でいる?」
ってのは冗談で、といいつつ彼は真顔だ。
固まった二人を尻目にリボーンはハッと鼻で笑った。綱吉が割って入らなければ本日一発目のコミュニケーション勃発である。こちらは子供サイズとはいえ、黒いシャツにトラウザーズで、ジャケットはともかくタイを結べばほぼ普段通り。ソファにふんぞり返ってリボーンは、ぱたぱたといつものアレがある場所をはたいた。
くっくっくと綱吉が肩を震わす。定位置を見失って、レオンはパートナーの肩で欠伸をかいている。それを見て、ファルコが威嚇するように一声した。
帽子ばかりは馴染みの職人に作らせているものだから、あとで連絡しておこうとリボーンは幾つかの数字を空中に諳んじる。多少おかしな注文でも応えてくれるからの長い付き合いだ。綱吉は苦笑して彼らをしみじみ眺めた。
「仕立て屋呼んで採寸してもお前等、この分だとすぐに大きくなりそうだし。着るもののほうはウチの系列から運ばせるから好きに選んで、ついでにモニターしてってよ。ああでも、とりあえずは診察受けるのが先ってことで」
怪我なら隼人でもいいけど、この場合出来れば専門家に。
「専門家? アルコバレーノにそんなもの」
「いや、小児科」
沈黙が痛い。獄寺は思わず自分の胃を押さえた。
「躰に負担があるのは当然なんだから、必要な措置だよ?」
「もとからが異常なんだぞ。モルモットにでもなれってか」
「そんなことはオレが許さないよ。健康状態をいってるんだ、リボ−ン。解ってるくせに意地が悪い」
こうなると綱吉は引かない。三人は同時に嘆息した。
それが終わったら演習でもショッピングでも止めやしないよと笑うから、だったらお前が選べとせいぜいお子様らしく訴える。それは却下と退けられた。
「仕事ほったらかす気は無いし。スタイリストはハルのが適任だから任せるけど、優秀なスタッフに抜けられると必然的にオレの仕事も増えるワケ」
かといって他に被害の出るような人選は出来ないし。
日々を忙殺されている彼女は今や情報と関連部門の女帝なのである。だからこその一石二鳥な息抜きの提案だ。
それに今日は、と笑って綱吉は。
「オレのレディが待ってるからね」
その瞬間の苦虫を噛み潰して飲み込んだような、全員の不満顔など物ともせず。ちなみにお前等全員、私邸の出入り禁止なと笑顔で申し渡す彼は娘大事のただの父親だ。
間違ってもこんなのを初恋にされてはたまらん―――自分の血筋に一抹の不安を抱いている、苦労の多いボンゴレ十代目なのである。
お世話になりっぱなしの柚子さんへ、勝手にハロウィン絵アンサー(?)小噺。なってねえ、なってねえよ自分。虹っ子妄想は楽しいですがネタ以上は難しいです。ツナ抜きはもっと無理です。(てかあれだ、敬語にしちゃってスカがランボと被る。致命的)
本編?行く前の外伝的な一本。実はこれ大人リボーンを想定したシリーズなんですが、まあいいや(おい)。おしゃぶり外れて、昔話の月姫のようにあっという間に育つ虹っ子はどこまでも地上の物理法則を超越している感じ。あー、精神年齢は少なからず肉体に引っ張られると思います(前に何かでも書いたような気がする…鋼か)
とはいえ実態が子供じゃないと容赦ないツナ。見目良く育つアルコ'sはある意味敵です。経験則でコロネロを一番警戒していればいい(笑)
2006/11/14 LIZHI
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