彼等の始まりというものについて

 沢田綱吉は後天的フェミニスト予備軍である。
 全ては家庭教師の薫陶の賜物なのだが、その彼はといえば愛人の数を指折り数える人生だったので、生徒のほうもこれは生来優柔不断の嫌いもあって、将来は間違った育ち方をするかも知れないし、しないかも知れない。
 その辺りは中学生な現在では萌芽でしかなく、しかし故に少年らしい思いやりとして時に発現する。折りしも聖バレンタイン・デーである。
 中元歳暮と並べられた時代もなんのその、友チョコ流行りで寧ろ女子同士のほうが楽しげだったりする昨今だ。
 それでも―――バレンタイン・デーなのである。
 恋と思い込みと勇気と無謀の寛恕される聖なる一日なのである。
 補習という名の苦行を乗り越えて、綱吉はようやっと帰宅を許されうらぶれた中年男のように伸びをした後、肩を叩きながら玄関へ辿り着いた。
 後ろ頭が丸かった。
 何故にそこに眼が行ったかというと、トレードマークの学ランがこの時期はお休みだからだ。あれは夏暑く冬は寒い。
 ちなみに、綱吉は彼の正確な学年を未だ知りえなかった。中学に入った時から三年生をやっているのではないかと思われる、一般常識の通じない人なのだ。寧ろ常識とか世間だとかは彼の踏み台としてのみ存在価値を与えられ、本人はそこを悠悠と渡りながら好き勝手に天秤を動かすのである。恐らく、彼にしか量り得ない基準によって。
「ていうか、雲雀さんも靴箱ってあったんだな」
 ―――失礼な話ではある。
 並盛中学校風紀委員長である雲雀恭弥の帰宅時間が、一般生徒に比しても遅いほうであろうという予測は立った。それ以前に、雲雀は居たい時に好きなだけ校内に居て、そうでなければ授業にすら出ないだろうと思われた。あくまで綱吉の想像の中である。彼が真面目な顔で教師に教えを請う絵面が思い浮かばなかったのだ。
 まったくもって失礼な話だ。
 普段から唐突な雲雀の登場に驚かされることはあっても、逆はない。後姿を追ってしまったのは純粋な興味だ。
「うわ、凄い」
 声に出してから口を覆うという、ベタな行動を取ってしまった。
 雲雀の足許にダンボール箱一杯のカラフルなラッピングが、溢れている。
 他人のものではない。段ボール箱側面には風紀委員長専用の文字。それを誰が用意したかは別として。
 知らなかった、この人人気あるのか。そういや顔はいい。性質が極悪なだけだ。
「何してるの、沢田綱吉」
 うひいと悲鳴を上げた。怪獣か殺人鬼にでも出遭ったモブキャラのようだ。反応は後ろから声を掛けられるのと何ら変わらない。雲雀の眉根が寄った。
「帰宅時間超過で制裁を」
「すいませんすいません補習です、オレのせいじゃありませんよお!」
「―――ふん」
 今度から気をつけなよ、というからには見逃してくれるのだ。
「あのう」
「何」
 思いがけず真面な返事があったので、ええとその、と詰まってしまう。我ながら顔から火が出るほどに恥ずかしくも情けない。
「それ、どうするのかなあ、なんて」
「……」
「まさか、捨てたり、……しませんよね」
 ああ、いってしまった。
 雲雀恭弥が果たして顔も解らぬ相手からの<心が篭った贈り物>を受け取るかどうか、という点について少少疑問が湧いたのだ。この極悪な男に贈る以上は義理や付き合いのわけが無い。彼女たちとてそんな危険は冒すまい。中身が全てチョコレートとは限らないが、もしかしたら手作り派だっているだろう。それは、ある意味大変怖いし重い。
 しかし、しかしなのだ。
「貰ってあげますよね、雲雀さん」
「どうして君がそんなこというの」
「え、いや―――」
 確かに行き成りだし不躾だ。雲雀が貰ったものなら既にそれは雲雀のものであろうし、贈り主でもない第三者の綱吉がどうすることでもない。問い返されて、失敗だ、と綱吉は思った。彼は非常に極端で何をするか解らない人だけれども、そうした思いを無にする人では、多分なかった。
 きっと、何もいわないほうがよかった。
「ごめんなさい」
「意味もなく謝られるのは、不愉快だ」
「う」
 正論である。却って贈り主たちの思いを無にしかねない危険性を生み出したことと、彼に受け取って貰えなければあっという間に存在価値を失ってしまう贈り物たちと、雲雀に謂われない疑いを抱いたそれぞれへの謝罪である。しかし、そんなものは言葉にしなければ通じない。
「何だか知らないが去年よりも増えている。これを持ち運ぶのは面倒だ」
 今朝の分には何を思ったか男の名前まであった上に、調べさせたら両生類の黒焼きが混入していた。
「そ、それは」
 怖い、物凄く怖い。ポイズンクッキングとは違う意味で恐ろしい。
「しかしまあ」
 貰うよと雲雀はいった。別に君にいわれずとも、甘いものに非は無いだろうと彼は嘆息するようだ。
 普通そこは「食べ物に」ではないかとは思ったが、そんなことはどうでもいい。綱吉は、はい、と答え、次いで、ありがとうございますと彼に向かって頭を下げた。何故だか知らないが顔が笑っていた。嬉しいのかも知れないと思った。
 さよーなら、と踵を返す綱吉の背中に、君はどうなんだと声が掛かる。
「オレは雲雀さんみたいには、もてませんよッ」
 どうせね! と心の中だけに付け加え、本格的に暮れ始めた時間に慌てて外へ飛び出した。なので、それを見送ることになった雲雀が実に奇妙な顔をしていたとしても、沢田綱吉には知ることが叶わない事実だ。
「そっちか」
 思春期は難しい。

中学生もいいですね。元ネタは無論77ですよ。委員長はちゃんと持って帰ります(多すぎたらきっと下僕に運ばせます) 変なモノ混入した奴は甘味を冒涜した罪で掃滅。

2008/02/09 LIZHI
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