王子様の上役は
ベルフェゴールの属性は王子である。
「暗殺は?」
「趣味」
なるほど、と別に納得は欠片だってしていないけれども綱吉は頷いた。職業ではなく存在として王子である彼にとっては、暗殺稼業もリクリエィション。明日への活力、休養、娯楽、あるいは生き甲斐そのもの。深く考えたくないし、面倒臭い事情主張は己に無害な限りそのまま受け入れるのに限る。この場合数値はニュートラルだ。展開によって計器はどちらにも振れる。
その、いかな特殊暗殺部隊といえども主の執務室に忍び込むのは容易ではないので、此度は珍しくも正式な訪問であった。
エントランスから入ったというだけの話なのだが。
「アポイントメントは必要だと思うよ」
留守であったら無駄足ではないかと思うのだけれど、細かいことを考えない王子は、あっそーかそーかでもオレ王子だからと相変わらず脳細胞の有無が疑わしい科白を軽やかに飛ばした。
彼の自己認識と綱吉の在不在には一片の関連性もない。
馬鹿ではない筈なのだが、寧ろ綱吉なぞの何倍もお頭の出来は宜しいのだろうがと青年のえぐい戦闘方法を思うにつけ、矢張りどこの世界でも天才というものは色々と紙一重なのだと再認識せざるを得ない。綱吉の周囲にはナントカの天才な人材が芋洗いだったりするので、つまりは紙一重な奴らばかりだということになる。平穏が遥か彼方でにこやかに手を振っているのも道理だ。
トライデント・シャマル曰く、素直な馬鹿はすぐに死ぬのだそうである。大馬鹿ばかりであることは構成員の命を預かるボスとしては歓迎すべきことかも知れない。それにしたって。
―――限度ってあるだろ。
某国の追放された王族が、数十年ぶりに帰国を果たそうというその夜のフライトで母国の土を踏む前に死体になったのは二日前の話だ。
チャーター機は当然ながら密室状態である。しかし見つかったのはどう見ても他殺体だ。関係者をどれだけ調べようと犯人も証拠も出はしない。一般的には病死と報道され、悲劇の、と冠の付く扱い方をされている。革命政権は国民感情を反映して仰々しく葬儀を執り行う予定だ。
依頼主が誰であったかは―――いわぬが花というものである。
「なんで君に回しちゃうかなあ」
自然死以外の何ものでもないような殺害方法を駆使する人間は他にちゃんといる。
「別に他言のされようがないんだから結果は一緒だしィ。第一、他殺だってはっきり解る奴に解らせないと仕事になんないっしょ?」
「うっわあ、君に正論ぶたれるほど腹立たしいことないな」
「あ、酷ェよ、王様ひっでえ」
「だからその王様はやめろって」
一体なんの嫌がらせだ。
だってオレ王子だもん、とベルフェゴールは今日だけで幾度目かになる主張に胸を張った。多分、今度のターゲットの身上になんらかの思考回路を刺激されたのだろうが、インプットした情報から何がアウトプットされるかはさっぱり予測が不能なのだった。まるで公式の不明なブラックボックスである。
「だあってさ、ボスはボスでー、ボンゴレはボンゴレっしょ」
「うん、さっぱり解らない」
いい加減、仕事に戻ってもよかろうか。
ベルフェゴールが書類というもの全般に興味関心がないのを善いことに、会話中にもサインする手は休めなかった綱吉であるが如何せんスピードは落ちる。何でこれ電子署名じゃ駄目なんだろう。
尤も好き好んでメン・ウィズ・ヒルの餌食になりたいとは思わないので、情報の秘匿には力を割かねばならぬ。そう考えれば彼ら―――哀しいかな複数形だ―――の突撃隣のなんたらの如きアポなし訪問にも意味はないことはないことはないのかも知れぬとポジティブを意識してみた。何せつい最近もEUの企業が大きな契約を締結寸前で米国企業に掻っ攫われた一件があったばかりだ。
そうだ、そっちの後始末もあった。思考は大抵芋づる式である。
「あのど腐れブレイニー・ドンめ、どうしてくれよう」
「あ、万年筆折れた」
鬱鬱とし始めたボンゴレが相手をしてくれないことに、基本我慢というものをしない暗殺者は身軽に執務机を飛び越え、ひねりを加えた一回転で綱吉の背後を取った。
ベルフェゴールの手にはナイフ、対するにこちらは、たった今用を成さなくなったばかりの筆記用具。刃の当る喉首と、顎下に喰い込む寸前の先端。
護衛を外に出しておいて正解だ。なんとなればそれが味方であろうとも攻撃の意思を見せた瞬間にベルは反撃に出たであろうから。
「クーデターが望みなら似合いの場所に飛ばしてやらないこともない」
「遠慮する。オレ砂塗れになんの厭だもんね、それに」
ぽーいと捨てたナイフは絨緞の上に音も無く落ちる。代わりにベルの腕が綱吉の首を抱え込んだ。
「王様はアンタだろ」
奔放に跳ねたきんいろの毛並みがくすぐったい。これが針なら綱吉はあの世行きだ。
狙え下克上、糞喰らえ禅譲、欲しいものなら待たずに掴め。変なところでヴァリアーの主従は似ているのかも知れない。万年筆のスペアはあっても仕事はいよいよ進まない。
―――そろそろ引き取りに来てくれないだろうか。鮫とか。
「哀れだなあ」
「うん?」
綱吉はあの集団の中間管理職ポジションな男に胸裡で合掌したが、多分余計なお世話だった。
王子様の上なら王様だよねということで。ザンザスはボスで別カウントらしいです。
鮫は鮫で十代目に合掌してたりするんだよ。基本ボス命で一方通行なヴァリアー→十代目愛が楽しい。
2007/12/16 LIZHI
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