置き去りの後ろ、選んだ涯(はて)

 覚悟がなかった筈もないのだが、実際ぶち当たってみればそれは思いのほかの衝撃だった。

 サイエンスフィクションの類は中一の折より実生活で十分間に合っていた為、映画はともかく活字媒体では読んだ覚えも無い綱吉だ。正直にいえば読書自体に縁のない生活を送っていたので、SFに限った話ではないのだけれど。
「十代目、こちらを」
「はいはい、なあに」
 某家庭教師に軽すぎると苦言を呈される返事が口の先から転げて落ちた。
 ―――コレは何の問題もない。むしろ数年来であるから今更だ。沢田さんとか綱吉さんとか社長とかその他とか、状況に合わせてバラエティも豊富である。ハラショー。そういう融通は学生の頃にこそ発揮して欲しかったものだが過ぎたことは口にすまい。
 能く能く見れば苦笑を刻んでいると付き合いの長い者には判る表情で、現状、幹部候補と目される青年が書類一式を差し出した。
 候補も何も、十代の半ばに守護者と選ばれた上は何れ綱吉を、ひいてはボンゴレという巨象を支える屋台骨となることを求められたとはいえ、未だ若造は若造。
 感情表現のマイナス方向に突出して顕著だった獄寺隼人は、眉間に寄った皺もそのままのポーカーフェイスを獲得しつつある。もう取れないだろうな、あの皺。あと十年も経てば苦み走ったいい男といわれるようになるのかも知れない。今はただの、常態で不機嫌ないい男である。
 何があろうと気が抜けない、そういう顔をしている。
 ―――試されているのは綱吉も同じなのだが。
 何にといわれれば漠として、強いていうならば<ボンゴレ>にだろうと。
 現在の己を指し示す名でありながら、それは個人であり組織であり、有形であり、無形である何ものか。眼も耳も持てば白血球のように異物を排除しようと動き、病に冒されれば澱みもする。
 そして時に審判を下す。血に塗れたリングが人を選ぶように。
 ばかばかしいと、思わないでは、ない。
 護るために闘うことを選んだ時から、矛盾と疼痛と葛藤を抱えてゆくことは知れていた。
 だから、綱吉のそれはただの感傷である。

 サイエンスフィクションの類は中一の折より実生活で十分過ぎるほど間に合っていたのが沢田綱吉という男の数奇かつ奇ッ怪な人生だ。殊に幼児の自称殺し屋が、大方泣き喚いて使用する一種のタイムマシンといえなくもない武器は何にも増して非常識だった。それをこの身で実体験するに至っては、常識だとか異常だとかの言葉は最早用を成さなかった。
 かつて飛ばされたほぼ十年後の世界で、大人になった友人がうちのボスと呼んだのは自分ではない。
 けれども彼がそう呼ぶようになる人間が他でもない、未来の自分であることは判っていた。
 判っていた心算だった。
 会談場所となるホテルの地下駐車場で、車を降りた瞬間、躰は横っ飛びに弾き飛ばされ大きな影に覆われた。影は防弾仕様のドアを盾に瞬時に身を起こし、反撃の機会を待つ横顔は酷く厳しい。
 その、険しい顔つきのまま、山本は平時と変わらぬ声で「今の、ノーカンな」といった。
「何が」
 問いながら、久方ぶりに彼と気安い口をきいたなと暢気に思った。
「反射でさ、ボスってのはどうも、まどろっこしい」
 同じ二音じゃないかとはいえず、代わりに。
「誰も聞いてやしないよ、この状況じゃ」
 仮令聞こえていたとしてもきっとすぐに忘れる。身内以外なら、頭部を強打して無理やり忘れさせてやってもよかった。
 鉛弾の雨の一瞬の隙をついて、近接戦闘タイプの山本が生き残る為に、生かす為に手に取った銃が吼える。その戦場で。
「呼んでよ」
 まるきり子どもの駄駄のようなことをいった。
 余裕だなぁ、と応えがあった。
 視線は合わない。そろって同じ方向を見ていては今、二人いる意味がない。ここにはいないもう一人の親友ほど、彼の動きを活かせるとは思わない。だからこそ、研ぎ澄ませた神経のネットワーク。それとは別のところで短い言葉を交わし合う。
「慌てて状況が変わるならそうしてる」
「違いねーや」
 視線を交わしたのは一瞬だ。そして動いた。
 君等がそうして己を律するというのなら待つから。獄寺が冷めた仮面を被ったように、読めない笑顔を纏った彼がしっかと足場を固めるまで。互い、誰にも文句をいわせぬほどの力を得るまでは。
 選んだ未来に悔いはなくとも、選べなかった過去の些細な優しさまで奪わないで欲しかった。
 オレたちは生き残る。だから、今だけその名で。

ボス就任初期。ちょいナーバスな綱吉と、守護者でもまだ立場の不安定らしい彼等。見えないところで色々奮闘してると思われ。

2007/08/24 LIZHI
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