明日はきっと今日より
典型的なカトリックのお国柄ではクリスマスといっても日本とは大分様相が違うものらしい。
外国
とつくに
の習俗四方山話は少女たちには受けが良い。きらきらしい声の持ち主たちに請われるまま語るのが、これまた一種独特の美形の子供なのである。こうした場合綱吉は大概相槌要員だ。話の流れが欠かせない季節菓子の方向に流れ出した辺りで丁度彼女等と分かれた。送るという申し出は笑顔のユニゾンで却下されたので、綱吉はじゃあねと手を振って次善の策を合図した。気づかれることのない影がちゃんと彼女たちを守ってくれる。
そうして吐息して荷物を覗き込んだ綱吉が、なんだかなあと呟いたのをリボーンが面白がったのが次の会話の切欠だ。
「神棚に祀って仏壇に供えてツリーを飾ることに不満が?」
「悪かないんだよ。ただ意味不明なだけで」
楽しいことに罪は無い。黙っていてもどうせ巻き込まれるイベント事を、前向きに捉えるようになったのは進歩といってもらいたい。それに。
ある意味誰より宗教感覚の希薄に見える家庭教師がボンゴリアンなんたらといい出さないだけ、綱吉にとってクリスマスは平和だ。今のところ。
「お前んところのやり方はいいのか?」
「オレがどの神を信仰してるって?」
そうでした。
いうじゃねえか郷に入っては郷に従え―――嘯く子供は誕生日だろうが七夕だろうが胡散臭いルールを持ち出す己をどうカウントしているものか。
最早十一月の声を聞くなり赤だ緑だ金色だと特徴的なカラーと音楽が氾濫しだすこの国は、盆暮れ正月こそ民族大移動だが、宗教的バックグラウンドに欠けると途端に早い者勝ち乗った者勝ちの出足競争になるようで。
要するにすっかりイベントなのだった。
―――別にどうでもいいのだけれど。
実際、綱吉の内心は両手の荷物の底が抜けそうなことだけ気にしている。
オーナメントの山が一つと糧食の山が一つ。当日にはもとより沢田奈々手製の料理がこれでもかと並ぶ筈でもワカモノの胃袋に際限は無い。非常食は常食に、スナック菓子は手遊びに化けるのは目に見えている。奈々にばかり負担はかけられぬと女子連から持ち込みの申し出もある。面子を考えればすし屋の出前くらいはありそうでもある。ホールケーキとちらしが並ぶ絵面は容易に浮かぶ。
街路のウィンドウは一月以上も前から疾うにクリスマス一色だ。
準備期間が必要なのはむしろハロウィンではないかという気もするが、そこはそれ、根付き方の軽重というものだろう。浪漫好みでも諧謔は苦手なのかも知れない。骸骨がサンタの衣装を纏っているのは一体何を間違えたのか。
クリスマス前の悪夢だなんて出来過ぎだ。
吐く息が薄く棚引いて僅かに白い。店を出た時は綿毛のような具合であったから多分躰のほうが冷えている。
相変わらず高いところを歩く子供はくしゃみをした綱吉を哀れむように見下ろした。
「馬鹿の風邪は夏だけにしとけ」
「生憎オレの皮膚は鋼鉄製じゃないんだよ―――丁度いいだろ。風邪薬で眠れる」
「そういや飛行機でも酔い止めの要る三半規管だったな」
熟睡したら殺してやるとリボーンは大変獰猛に笑った。
「機内での安全くらい確保しろよ、先生」
オレは寝るよ確実にと綱吉は精精偉そうに宣言した。
内容はともかく会話そのものは至極軽い。到底未だ十代の人生を左右するものとは思われぬ。
―――疾うに左右は決まっていたのだと綱吉は短い陽の落ちるのと合わせるように肩を縮めた。
「獄寺の挙動不審にアレが気づいてないと思うのか?」
塀の途切れめでぴょんと飛び降りた家庭教師は随分と近づいた目線でじっと鳶色を、先程までとは逆に見上げる。内側の琥珀が感情に乗って金焔を帯びる瞬間を幻視する。
今の綱吉はただの何処にでもいる少年だ。
「無理だろうなあ」
「待つのか」
「さあ」
九代目の容態は思わしくない。猶予期間はそれほどにない。まるでこの季節のように、明日はきっと今日より寒い。
「オレは狡いから」
「知っている」
知っているから手を出そうと思うのに、解っているから手を拱いている。
けれども、あれは守護者だ。選べる道は二つしかない。選択肢を提示せずにカードを選ばせる癖にタネは仕込まれた後だ。賢しいクロースアップマジシャンは大胆不敵なイリュージョニストの顔をして観客にたったひとつを求めさせる。
だのに、それは懇願なのだ。
失くしたくない。亡くしたくない。涙雲は余りの寒さに白く凍り降る。ツリー代わりの庭木に飾る綿毛はもしかしたら不要になるかも知れなかった。これが希望的観測というものかとリボーンは少しだけ微笑った。
祈りの日は近い。
守護者は死ぬほか辞められないと思います。でも綱吉は全力で阻止すると思うのだけれど。
2006/12/08 LIZHI
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