雲雀恭弥は甘味王である。洋の東西の括りなど彼の愛の前には塵芥に等しい。その点海を渡ったこちらでは不便と思うこともそれはあるが、ふらりと入った菓子店にハズレが少ないことは賞賛に値する事実だ。
「オレはつぶあんが苦手ですー」
「知ってる。お陰で和菓子の選択に幅が出なくってね」
まったく愛が足りないよと雲雀は嘆いた。ほろ酔いの綱吉はそういやあの鹿の子は好きだったなあと、かつて風紀委員の根城で出したことのある一品を思い出したようだった。雲雀にしてみればどの辺りがネックなのかと観察していた時分の話である。豆系が全滅なのではなくて単に餡の好みの問題だったので以降彼に出す和菓子はこしあんに設定された。懐かしいといえば懐かしい。ただそれ以上ではない。
「まあ、ひろーい意味では『愛』かも知れませんけどねえ」
「君には負けると思うけど」
はあ? と綱吉は解らないといいたげにグラスを持ったまま首を傾げた。この日、日本で生まれ育った彼らの前にあるのは酒と甘く香る菓子の宝石。の山。イタリア生まれの聖バレンティーノも結果的には己の命を賭した行為が極東の島国である意味中元歳暮にも似た行事を生もうとは思いもよらなかっただろう。まあ、当り前だが。
軽く付き合ったハルは綱吉に贈り物をされて機嫌よく部屋を辞した。彼女が差し入れたチョコレートは彼らが各々に贔屓の店の品で、さすがによく見ているなと舌を巻く。多分他の連中には明日あたり茶菓子のように提供されるに違いない。親愛のチョコといったところだろうか。
「そういや君、愛人のほうはいいの」
「先にプレゼントはさせて貰いましたよ。ただねえ」
どうにも一人と会うのも全員と会うのもぴんと来なくてと。いうので雲雀は呆れ半分だ。
「なんともまた、理解のある女性たちなことだね」
君には勿体無いといい捨てれば、青年は本当にそうですよと深く頷く。
「まあ、どうせ皆それぞれ忙しいみたいなんですけど」
だから理解があるというんだよと、思いながらも雲雀は気に入りの店の一粒を摘みながらじゃあと冷ややかに詰め寄った。
「僕はあぶれ者の相手を仰せつかったワケかい?」
「だって雲雀さん、空いてるっていったじゃないですか」
そういう青年が終わるはずもない仕事にとにかくも区切りを付けさせた理由を。側近連中の尻を蹴って女のもとへ―――どうだか知らないが―――行かせた経緯を知っている雲雀は追い出された事に意気消沈した右腕の背中を思い出して「まあね」と口端を上げた。
下戸とはいいながら強めのアルコールを舐める程度に嗜むのが常である雲雀に、好みの銘柄を持参して現れた綱吉はまさに葱をしょった鴨以外の何ものでもなかったので。
一緒にどうですかと誘われれば是非もない。
それをどうにも理解していない約一名だったが、まあいいやと思っているし実際それで不満もなかった。意外なほど酒に強い綱吉が機嫌良く酔っているらしいことにも文句はない。その彼が、ふふふと酷く楽しげに笑み溢した。
「みんな今頃どうしてるでしょうねえ」
「……本人に訊くのはやめといてよ。面倒臭いから」
「訊きませんよそんなの。楽しんでくれればそれで」
猫のように眼を細めて、見えない月にでも翳すようにグラスを軽く持ち上げている。雲雀は肩を竦めて「まあ適当にやってるんじゃないの」と返した。下世話な意味にも聞こえるが、綱吉にその心算はないのだろう。生き死にに酷く近いところにいる彼の部下にして友人たちのことを、口に出さずとも気に掛けている、何時も。罪悪感ならば怒るだろう男たちは、けれど純粋な好意だと知っているから苦笑するしかないのだ。
「今日だとバレンタイン・ベイビーになるんですかね」
「お願いだから本気でやめて」
ドクロ病の回でちらっと見えたのをコレだと信じてるんですが。余所で見たことないので書いてみました。なわけで綱吉はつぶあんが苦手。つか何やってるんだ若き日の雲雀さん(笑) チョコの山、内わけは雲雀さんの特注品だったり、綱吉の土産だったり、日本の風習を知ったファミリーの若いモンが獄寺の目を掻い潜ってボスに貢いだり、でもバレてたり、影でいろいろあるだろーと思われる。リボは暇があったら愛人のところでしょうかねえ。そんな聖バレンタインデー。
2006/02/14(幸せな人はより幸せに) LIZHI
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