セピアの屈託

「―――それ? オレの好きなヒト」
 テメーの相手は半世紀も前の女優なのかとリボーンは呆れて返した。シャワーを使う間に報告書を読み終えたらしい綱吉は曇り一つないグラスを用意しながら小さく舌を出した。指差したスクエアな写真立ての中身はどこか懐かしさを含んだセピア色をしている。あまり物の増えない彼の部屋に出現した異物が眼を引いただけのこと。
 なんでこんな物があるのかという意味を含んだ問いは、すっぽ抜けて返って来た。
「何、読んだ?」
「んな必要はねえ」
「知ってるの? つまんないなあ」
 綱吉はまるで悪戯に失敗した餓鬼のようにムクれている。アホか、とリボーンは思った。というか、そんな当り前のように心を読まれることを前提に話すな。傍で聞けば電波だ。
 尤も、部屋には彼らしかいないうえに、深夜の主人の私室に侵入するような人間は滅多にいないはずである。それこそ自分以外には。滅多ではないとしたら危ないのは命か貞操かその両方だろう。
「見覚えがあるってだけだ。いかにもなブロマイドじゃねーか」
 まあ、そう簡単に殺られたりしたら自分が殺してやるが。
 ちょっと今なんか物騒なことを考えなかった―――と超直感ならぬ草食動物的勘を発揮する青年は厭そうに二の腕を擦った。
「気のせいだ」
「うわー絶対気のせいじゃないし」
 セピア・プリントの可能性は考えないのかとの指摘に、その知識を与えただろう愛人が透けて見えて相変わらずだなと思う。本人が興味を示さないような知識を蓄えているのは大抵が女の影響だ。悪いことではないだろう。そもそも、とリボーンはフォトスタンドを指で小突いた。
「雰囲気が違うだろう、で?」
「―――や、実はオレも名前は知らない」
 眉を顰めたリボーンを尻目に、表書きのほうに書いてあった気がするけど忘れたと。いうからにはおそらくもとはポストカードなのだろう。どうやら本来売り物だったのは外側のほうらしい。カードはおまけのようなものだ。建築家に作らせたみたいな、厚みがあってゆったりとカーブを描いているいかにも現代的な造形。ぴたりと納まって懐かしさを誘うトーンの女優は勝気な視線を彼方へ向けていた。
 ボンゴレの初恋の少女や、本人は否定するだろうが母親のように可愛らしいタイプではなく割ときつめの美人。綱吉の女の好みというか理想はアレだと悟っているが、現在の彼の愛人は何時もそれぞれにタイプが違う。そういうものとは話が別なのかも知れないが。
 写真が気に入ったのか。被写体が気に入ったのか。少なくとファンではなくて。好きな女に似ているというのなら本人のものを飾ればいい。
「……何逃げてんだ」
「うぉあッ」
 馬鹿の足を払ってうつ伏せに倒れた綱吉に馬乗りになる。これでは後ろ暗いところがあると白状しているようなものだ。
 故意に抜けたボールを返し続けた阿呆は、片腕を捻り上げられて焦った声を上げた。
「お、おまっ」
「隙だらけだぞ、死にてーのか」
「いやまだ死にたくないからっていうか、セラーにいいワインが!」
「てめー、オレが何持ってきたのか忘れたのか」
 仕事ついでとはいえ、小規模経営のワイナリーに直接寄って購入したそれを放り出すとでも?
「はい、すいませんでした、ごめんなさいッ」
「お前、ほとんど自白してると思わないのか……?」
 情けなくなってがくりと眼の前の背中に額を押し付けた。下敷きになったまま綱吉はだってリボーン怒るだろとへらりと笑った。だからといってあの誤魔化し方は無かろうに。いやそれ以前に。
「たりめーだ。全然似てねえ」
 そもそもなんで女なんだと額に青筋が浮かぶ。といって男の写真を飾れなどとお寒い状況を勧める筈も無い。どっかの右腕じゃあるまいし。だあから、と綱吉は困ったような、開き直った風にのたまった。
「目許とか? ちょっとだけ。そん時は似て見えたんだよ」
 昔のはあるけど、あれからお前の写真てないだろと。当り前だとリボーンは皮肉った。
「殺し屋がにっこり笑ってファインダーに納まるとでも?」
「うわあ夢に出そう―――いだだだだ!」
「本気で馬鹿だな」
「……あー、もう、悪うござんしたよ」
 だからいい加減どいてクダサイと、ぱったり潰れた綱吉は空いている片手でばしばしと床を叩く。照れるというか逃げるくらいならやるな。
「妙なこと思いつきやがって」
「うん、まあね」
 なかなかに下らないとは思うよと。
「誤魔化すならもっと上手くやれ」
「お前相手に? 隠し忘れたんだ」
「ほう」
「いっとくけど、帰って来るのを忘れてたわけじゃないからな」
 本物が来ると思ったら偽薬なんか忘れてたと。
 あんなこちらを見ない写真なんかではなく―――。
 ツナ。呼ばれておそるおそる肩越しに振り向いた綱吉はそこにあった笑顔に凍り付いた。
「ところでお前、どこで見つけたって?」
 てめーまた抜け出しやがったのか、と雑貨屋など生活圏にはないはずのボンゴレを今度こそ締め上げに掛かる少年がいた。

長いタイトルがしっくり来なくて半分ぶっち切りました。…バーに出てますが(汗)
本気で誤魔化そうとしてアレだったのなら割と真剣に馬鹿です。
むしろこれだけ甘いとデキてない気がします。
奥さん子どもが出来たら綱吉は家族写真を飾るようになるでしょう多分。

2006/02/09 LIZHI
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