愛なんていわない

 決意はいつだってびりびりとハルの爪先から頭の天辺を駆け抜けて行くものだがこの時の衝動といったら雷でもまだ生易しいといえた。
 護られたことが、嬉しくないわけではない。逆だ。自分が危うかったのだという事実が理解出来たのはもっとずっと後のことで、知らされた事態におののいて動揺して右往左往心配していたうちはそんなこと考えもしなかった。待つことは苦痛だったが信じることは出来た。温かなこどもの体温を胸に抱きながら、大丈夫だと我が身にいい聞かせて自分を保つことは。
 そして。
 何も知らされず護られたのだと気付いた衝撃は、ハートを奪われた瞬間のように甘くはなかった。
 今の自分のままでは、彼のそばにずっといることは出来ないのだと知った。

 きっと綱吉はそんなこといわない。

「本気か?」
「本気です」
 小さな殺し屋はいいとも悪いとも答えなかった。いつも被っている帽子の鍔を下げたので、可愛いけれど読み辛い表情は陰に隠れて余計に見えなくなった。
「正直オレは、お前が選ぶのはもっと後だろうと思ってた」
「選ぶ?」
 疑問に答えは返らない。
「力になりたいか、ツナの」
「そこまで、自惚れたいわけじゃ、ありません。足手まといになりたくないんです」
 今すぐは無理でも、ハルに必要だったのは心構えだ。このままではいないという決意だ。
 ならばこれは、子どもの眼を借りた鏡の中の問答である。
「向き不向きってもんは、ある。それを放り投げてもやんなきゃならねーもんもある。お前にはきっと他に出来ることがあるだろう。力だけが強さじゃない」
「それは、駄目ってことですか」
 遠まわしな台詞はいつもの赤ん坊らしくなかった。それは優しさだろうか。ハルには判らない。ただ、彼に断られたからといって諦めるわけではないけれど。道は遠いのだと改めて思い知って少しだけハルは落ち込んだ。その間に、ハルの好きな人はずっと先へ行くのだろう。
 ―――ああ。
 自分は、置いていかれたくないのだ。
 綱吉のために強くなりたいのではない。綱吉においていかれないように自分は強くなりたいのだ。胸の奥から引きずり出したハルの望みはかなしみで出来ていた。彼の同性の友人のようには傍に居ることの出来ないかなしみ。あの強く美しい女性のように愛する者の隣には立てないかなしみ。
 強くなりたい。強く在りたい。
 出来る事なら彼に護られるだけでなく、護れるくらいに。それが綱吉の望まないことでも。ハルの心はそういうかたちをしている。
 只管に身勝手で、本当に、道は遠い。
「えへへ」
 どうした、と子どもの黒い石のような双眸がハルを見上げた。
「ハルは、ツナさんが好きですから」
 駄目でもやっぱり諦められませんから。
 優しい綱吉に悲しい顔をさせたくなんかない。でも離れることはもっと出来ない。だってハルはあのひとが好きだ。
 ならばせめて、彼の傍にいることを望むならせめて、この心を殺さないために、絶対に死なないような努力をしよう。無駄な努力でも、焼け石に水でも、可能性が少しでも上がるならハルはなんだってやる。
 だから愛してなんていわない。ハルの決意はハルだけのものだ。
 視線を強くする少女に、駄目だといった覚えはねーんだがなと小さなヒットマンは心で苦笑している。

ハルは手に負えないくらいの女性になってくれるといいよ。

2006/01/30 LIZHI
No reproduction or republication without written permission.

CLOSE