並盛伝説U

「厭です、厭、ずえぇえったい厭ー!」

 と、雑巾を引き裂くような叫びが某所で起こった数日後のこと、テーブルの向いに足を組んで優雅に座る黒髪の麗人を睨みつける少女がいた。
 縦にボビンレースの走るベージュピンクのモダンクラシックなワンピースは首をそっと覆うデザインで、ローマークのベルトとロングブーツの黒が全体を引き締めている。胸に届くほどの茶色い髪に日本人にしては色素の薄い瞳は蠱惑的に潤んでみえた。
 目立つ顔立ちではないのにどこかはっとさせる雰囲気を持った年齢不詳の彼女。
 一見似合いの二人は、だが先程から近づけば静電気の弾けるような微妙な空気を維持している。
 ただでさえ人気のカフェはカップル優待サービスデーで店内のどこを見渡しても人人人の波。女性同伴であればいいので女同士の二人連れも案外に多い。これとは別に女性限定フェアもあるのだがこの店に男性限定フェアはまだない。それさえあれば何の問題もなかったのに、と見た目少女―――沢田綱吉は心底嘆いていた。いや、元凶は目の前のこの人だが。
「なあに、まだ文句があるの」
「……ゴザイマセン」
「いいじゃない、予想以上に似合ってるんだから」
 楽しげに微笑む麗人はその意が修羅であることを知る者には恐ろしさしか与えない笑みを更に深めた。見惚れていた女性陣も女の勘かなけなしの本能が警告するのかいつの間にかさりげなく視線を外している。今や混み合った店の一画にはそこだけ別次元が出現していた。恐るべし雲雀恭弥。予想ってなんだ。
「負けたのはどっちだっけ?」
「……オレですね」
「勝ったのは僕。大人しくエスコートされなさい」
 だからなんでエスコートなんですか―――。
 せっかく可愛くして上げたんだからと勝手をいう雲雀は実際大した魔法使いだったわけだが間違っても綱吉にシンデレラ願望はない。マフィアのボス願望はもっとなかったが、基本的に本人の意思を訊かない人間ばかり相手にしていて磨かれたのは諦めの良さばかりという体たらくだ。御免なさいお母さん貴女の息子は女になりました。だって視線を下げればそこには胸。
 ちなみに。綱吉が現在身に着けているものは全てが聞いた事もないようなブランド物である。一見少女、中身高校生男子は何は無くとも突っ込みたい口を懸命に我慢していた。
 何せばっちりメイクだってされちゃってるのにこんな衆目の中で男だなんてバレるのは死んでもご免である。それくらいなら死ぬ気で女の子になる!と非常に可笑しな決意をしてしまうくらい綱吉は追い詰められていた。簡単にいうと恥かしいのだ。これ以上何かあったら恥かしさで憤死出来る。
「わー、混んでます!」
「ここ美味しいもんねー」
 ゴンッ。
「わお、危ないなあ」
 ケーキが。綱吉はテーブルに激突させた額の痛みもそこそこに退路を探したが、マフィアの襲撃でもないのに非常手段は使えない。聞き覚えのありすぎる声と口調の持ち主は着実に近づいている。空いているのは隣のテーブルのみというご丁寧さだ。ちなみにそこにいた客が彼らの異様な気配に逃げるように席を立ったことはスルーだ。
「君ら、ここ空いてるよ」
「ひッ、雲雀さんッ」
 あ、こんにちはーと駆け寄ってくる少女二人にテーブル下にもぐり損ねた綱吉は「わかってたけど、こーいう人だってわかってたけど!」と声無い悲鳴を上げて躰ごとそっぽを向いた。出来ればバレないでくれと天にも祈る。天が彼に何をしたかはこの際都合良く忘れておいた。
「デートですかあ」
「おや嬉しいね、そう見える? なかなかいうこと訊いてくれなくて僕も苦労したんだよ」
「妙な誤解生む表現やめてー!」
 思わず振り返って我に返る。「まだまだだねえ」とほくそ笑む雲雀ときょとんとした顔の少女二人。
「こ、……こんにちは」
 にっこり……笑ってみました、引き攣りながら。
 結果。
 恋する不思議乙女三浦ハルが『ツナさん隠しお姉さん疑惑』を呈し。説明すればしたで―――これがまた労力のいる仕事だった―――天然系笹川京子が「ツナくんじゃなくて、ツナちゃんがいーかな?」ともはや突っ込みの仕様もない発言をし。雲雀が肩を揺らして密かに爆笑するという椿事にまで発展したが結局仲良く並んでテーブルを囲んでいる。一部あくまで小声でぎゃあぎゃあ遣り合いながら。
「今度はハルたちと一緒に来ましょーねー、女性限定フェアはまたちょっと種類が違うんですよー!お得ですー!」
「ッだからなんで女装前提にしてんだおまえは」
「大丈夫ですッ、これなら絶対にバレません! ツナさん一粒で二度おいしいです!」
「いや意味解んないから!」
 それを楽しそうに見ていた京子が「やっぱりツナくん面白いなー」とにこにこ笑っているのに至っては。
「ははは……ありがと」
 顔で笑って心で滂沱するしかない綱吉だった。ああ神様仏様リボーン様、好意を持っている女の子に女装姿(一見デート)を目撃された挙句「似合うねー」と嬉しそうにいわれてしまった男はどうすればいいんでしょうか。
「諦めたら?」
 応えてくれたのは雲雀様。御説御尤も。
 こうなったら喰って喰って喰い尽してやると。
 死ぬ気の方向転換をした綱吉とあくまで優雅に高速でフォークを運ぶ雲雀と、姿は女の子な綱吉に釣られてか微妙に照れを残しつつやっぱり神秘的な胃袋を持つ子猫ズというカップル二組が樹立した記録は世の大食いチャンピオンも真っ青であったという。
 その後、このカフェでサービスデーが開かれたかどうかは定かでない。

同時刻、とある爆弾少年が「十代目はいずこー!」と駆け回っていたらしい。
そんな伝説。ウチの綱吉は女装しても可愛げに欠けるらしい。十五、六歳。多分これから伸びる時期。まだ線が細いので背の高い女性くらいに見えるかな。
んで二度と女装させられないためにもせめて雲雀の身長超えを決意するツナだったり。十年後なら叶ってるかも(どうだろう…)
きっとその後女の子たちはダイエットに励むのにツナはさっぱり太らないので羨ましがられるのです。が、ツナ的に微妙な感じ。嬉しくない。

2005/11/26 LIZHI
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