貴方とスィエスタを

 躰を楽に横たえた主はすまなそうに獄寺を見上げた。
 半分閉じられかけの瞼に疲労の影を見つけて右腕は構わないから眠ってくださいといった。君もだよといわれてはいと頷く。このところ主の日程は非常にタイトで、いかにEU圏、いかに移動慣れした綱吉でも体内時計に狂いを生じたらしかった。
 帰還となって落ち着いたかといえばそうではなく、ようやく仕事に一段落がついたところ。先に提案したのは獄寺だった。

「だって、忙しかったのは隼人もでしょ」
 頻りに休憩を勧める獄寺に綱吉はいい募る。
 だが抵抗する自分の躰が傾いでいることに彼は気付いているのかどうか。多分気付いていないのだろうなと獄寺は思った。
「心配いりません。オレはちゃんと休みましたから」
 嘘ばっかり、と綱吉はいわない。
 ただ一瞬困った表情を浮かべる。そんな顔をさせたいわけではないのに。獄寺の騎士カヴァリエーレ精神が発揮されるのは幼い頃、このひとと決めた主に対してだけだということを彼は知らない。知ってはいても今一理解していない。獄寺は他では決してみせない柔らかな顔で続けた。初めてそれを見た部下が驚天動地の事態に自失する破壊力だ。
「それに、少し休まれたほうが能率が上がります。ベッドがお厭でしたらカウチでも」
 陶製のキャスターがついたウォールナット材のカウチは曲線が美しい一品で、この時期にしては柔らかな陽に包まれて寝そべるのは限界を訴える綱吉の躰に酷く魅惑的だった。
「君は時々オレのことを赤ん坊だと思ってるでしょ」
「貴方は何時だってオレの大切な十代目です。オレだけでなく」
 綱吉は手元に視線を落とす。確かに書類の内容が頭に入ってこないでは時間の無駄だ。獄寺にとっては更に無駄だろう。
「あ、そーか」
「はい?」
「隼人も一緒に寝ればいいんだ」
 おお名案、と爆弾発言をした綱吉はあれよという間にセッティングを手配すると、主のために設えられた緑豊かな特殊防弾ガラスのサンルームに見事なお昼寝空間を出現させた。テーブルには飲み物付き。いつもは率先して取り仕切る右腕が今回ばかりは石になっていたせいもあるかも知れないが手際がいい事この上ない。ほとんど引きずられる勢いで連れられて獄寺は、季節を超越した緑の木漏れ日を呆然と見上げた。耳には先程の爆弾発言が繰り返しエコーしている。
「はい」
 ぱふぱふ、とクッションを叩いていわれても。
「あの、十代目」
 それでは護衛が勤まりません。勿論、殺気を持った人間が近づいたり、そうでなくとも気配を感じれば万一の事態から身を挺して綱吉を守るくらいはするが。
「大丈夫。外にも扉の向こうにも人員配置済み。といっても隼人の警備システムに多少色つけたくらいだけど」
「……」
 確かにこのボンゴレの本拠といってもいい場所に飛び込んでくるような虫は滅多にいないだろうが。
 何よりも、敬愛するその人にわくわくと見上げられて獄寺が逆らえるはずがなかったのである。

◆ ◆ ◆

「なんだい、この駄犬は」
「しー。駄目ですよ雲雀さん、起こしちゃ」
 疲れてるんです、と代わりに応える綱吉に彼、雲雀恭弥は馬鹿いってんじゃないよと眉を顰めた。それでも小声なのは少なくとも獄寺を気遣ったのではなく綱吉の努力を無にしないため。
「ふうん、飼い犬に一服盛ったワケ」
 でなければ仮令相手が雲雀であろうと、いや、だからこそ獄寺が眼を醒まさないはずがない。即座に見抜いた雲雀にも、綱吉は肩を竦めてみせるだけだ。テーブルの飲み物を下ろしてサインが必要な書類だけやっつけている。
「仕方ないでしょう。ちっとも休んでくれないんだから」
 今回の出張だって彼は仕事と綱吉の身辺護衛とに神経をすり減らせて、ほとんど眠れていなかったはず。なのに先に休めというのだ。雲雀は綱吉が深く静かに怒っているのに気付いた。
「いいの、君の手から餌を食べなくなるかもよ?」
 それを知ったら、彼が目覚めれば。ああそれなら大丈夫ですと綱吉はにんまり口端を上げた。妙なところばかり家庭教師に似て、と黒の少年が聞けば憤慨しそうなことを考える。
「オレがそうしろといったら、隼人は毒でも呷りますから」
 馬鹿だねえ、と雲雀は思った。
 彼のために身を削ることを至上とする人間と、それをまるで当然に受け入れながらも許せないでいる綱吉と。もしかしたら。カウチに寝かされた図体のでかい犬は知っていて飲んだのだろうか、毒ではないけれど静かな彼の思いの毒を。
 そして知らんふりで眠り込んだことを謝り倒すのに一票。賭けにならないなと宙を睨んだ。それから綱吉を見下ろして。
「君は案外平気そうだね」
 まあ元気一杯という風でこそないが、それは仕方がない。訊けばさすがに少しは眠ったらしい。
「それに、オレはサボるのは得意なんです」
「……君のダメツナ遍歴を理解してない辺りが彼の問題だって気がして来たよ」
 じゃ、こっちの仕事は引き受けたから今度の休日はデートに付き合うことと雲雀はいった。彼は割に合わないことをする気はないのだ。そんなにオレが嬉しいお礼でいいんですかと綱吉は首を傾げる。ボンゴレの休日を貰うんだから安くはないだろうと雲雀は鼻で笑った。
「次はどちらを制覇しに行くつもりで?」
「カカオ、砂糖、スパイスのみのチョッコラート・アンティコ。ついでにバロックな焼き菓子でどうだい」
「相変わらず(甘味に対しては)守備範囲広いですねえ、乗った」
 ふふふふふ、と笑み交わす二人の傍らで魘される男がいたのは、まあご愛嬌ということで。

仕方ないで身内に一服盛らないで下さい…と突っ込む人間がいません。おおう。
実はメモが『獄寺救済』だったブツ。なんか間違った、間違ったよ(それだけはわかる)

2005/11/22 LIZHI
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