並盛伝説
パティスリー・フランセーズといえば聞こえはいいがまあ愛される街のケーキ屋さんではある。
「いらっしゃいませー」
自動ドアの開閉に反応して決まり文句が考える前に口をついた。
同時に接客用のスイッチが入る。感じのいい挨拶にケーキの種類と特徴と値段。ご進物なら予算と相手に合わせたお勧めの詰め合わせ。男性にも受けるケーキのいくつか。プレゼント用のラッピング、シンプルに、豪華に、可愛く、時にはシックに。
売り子のアルバイトとはいえ、覚えることはけして少なくない。勤め始めて間もない彼女には日々が悪戦苦闘の連続だ。さすがにトングでケーキの横腹を押しつぶすことはなくなったとはいえ。
わいわいいって入ってきたのは高校生くらい男の子たちだった。今時大人の男性は割りといるけど、彼らくらいの年齢はちょっと珍しい。コンビニ菓子は買えてもケーキ屋さんは恥かしいのかも知れない。でも何となく昔よりは増えた気がするけれど。
いかにも仲の良さそうな三人組の男の子たちがやいやいいいながらケーキを選んでいくのはどこか可愛らしく微笑ましかった。少し前まで自分もその中にいたのだとは、制服を脱いでしまった今ではとても不思議に感じる。
いいもの見たなーと思っていると、彼らが帰ったあとで隣にいた店員のひとりがくすりと笑った。
「なぁんか思い出しちゃった」
「さっきの子たちですか?」
店の先輩がいうには何年か前にいたアルバイト君の話だそうだ。
「その子が働いてる時ってやたらと格好いい男の子たちが出入りして、時々モデルみたいな外国の人とかも来て、それ目当てに来る女の子も増えて」
もともと美味しかったケーキもあって店始まって以来という行列が出来たのだそうだ。
「へえー」
じゃあその、働いていた子もやっぱり格好よかったんですか、と興味半分で訊いてみると。なぜか先輩は考え込んだ。
「違ったんですか?」
「ううーん」
あれどうだっけやだ思い出せないと頭を抱えている。そんなに物凄く存在感が薄かったのだろうか、空気みたいに。少なくとも一緒に働いていて顔も思い出せないというのはどうなのか。
「そんなに長いこといなかったのもあるけど、ううん」
優しい子だったよ、とっても普通の子。言葉にしてしまえば他にいいようがないのだと困ってしまったらしい。友達の方が芸能人のように派手な容姿だったせいもあるかも知れない、と。
「あ、でも可愛い彼女はいたみたい」
「へー」
「でもあれ誰が彼女だったんだろう」
「は?」
「接客はソフトで丁寧だしうんと年上のお客様にも受けがよくって、男の子たちには構って欲しい犬をあしらってるみたいだったしなー」
アイドルみたいな男の子たちを犬扱いしちゃう(普通の)子。
あとやたらと可愛い子ども達にも懐かれてたけど。よく判んないけど危ないからって追い返してたわね。
「……それ、普通ですか?」
「……そうねェ、ちょっと違うわねえ」
でも当時はそんなこと考えなかったのよ、と。
先輩の言葉に彼女はなんとかその『彼』を想像しようとしてみて、諦めた。だってなんだか想像がつかない。周りにばかり目が行ってしまうなかでひとり穏やかな、そんな台風の目みたいなひと。
「ちょっと、会ってみたかった、かも」
さて、お仕事はまだ終わらない。
その頃海の向こうでかつての男の子がくしゃみをしたとかしないとか。
そんな並盛伝説。似たようなタイトルがどっかにありそうです。
2005/11/11(ゾロ目の日) LIZHI
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