競争率とお年頃-extra-

「あ、そうそう」
 お遊びも程程にしといて下さいね。
 人差し指をぴしりと立てて、ドン・ボンゴレは『めっ』というように眉を寄せた。何でも屋になりつつある相談役は意外そうに目を見開いて近近査察の必要がある企業のファイルを閉じた。
 先日、半壊したはずの執務室はそんなことは一切知らぬ気に整えられている。調度品の顔ぶれが些か変わっているのはご愛嬌の範囲だろう。
 今度似たようなことがあったら思い切った模様替えをしてみるのもいいかもしれない。
「なあんだ、気付いてたの綱吉」
 頬杖をついてそりゃあねという青年はどことなくふて腐れて見える。それはもう立派に育った癖に何だ、その中学生男子みたいな態度は。
 そんな様子をみせるのが、昔から付き合いのある人間の前だけだというのはわかっているが。仮令必要がさせた事でも嬉しいけれどと実に末期的に思っていたりもするのだが。
 どうやらリボーンの帰還に際して見えない攻防があることには、薄々気付いていたらしい。
 他の誰かがあの少年に手を出したのならば、容赦など欠片もしない現ボンゴレである。しかし元々顔を合わせれば挨拶代わりの戦闘をしていた連中では、年少からそれに慣らされた綱吉もそもそもの基準が違う。
 まあ今回は帰還の仕方が派手だったから仕方がないかとそう考えて。
 ―――わざとかな。
 かの少年の所業に改めて思い巡らせる雲雀であった。なるほどあの立ち回りはこちらの予想外だ。つまりそれだけ鬱憤がたまっていたということか、あの無表情の裏側で。
 可愛いところもあるじゃないの。
「滅多なことはないでしょう? 他ならぬアイツと、他ならぬアナタ方ならば」
 だから止めろとはいわないが。これはこれは太い釘を刺されたなと雲雀はくすりと笑みを刻んだ。
 だが、それを楽しむのもまた彼の彼たる所以で。
「リスクがゼロの悪戯なんて面白くもないだろう」
 その意味ではリボーンという存在は最高の娯楽である。
「幼稚園児の愛情表現じゃないですか」
「突っかかるねえ綱吉」
 まあ、愛情表現であることは否定しない。あの子どもらしくないコドモをからかいたいのだ。
 雲雀は綱吉の腕を引いてソファに誘った。いつまでも執務机越しに会話するのも面倒だと、某右腕が聞けば激怒するようなことを思う。
 少し早目のティータイムは縦のものを横にもしないといわれる雲雀のお手製である。それがかなり特殊で特別な状況であるのを判っているのかいないのか。
「あ、なんか久しぶり」
 お店のより美味しいですと素直な賛辞を贈る綱吉に、わざわざ隣に座った雲雀はまんざらでもない顔をする。他愛も無いこうした時間が重要なのはきっとあのお子様たちも同様なのだろう。
「で、何が気に入らないの?」
「オレはもっと怒ってもいい立場だと思いマスが?」
 半壊しましたしね、この部屋。ああ、庭師にも可哀相なことをした。
「今更君がそれっぽっちで腹を立てるって?」
 ちゃんちゃら可笑しい噛み殺すよと片頬を上げれば。
 視線を合わせて黙った綱吉は、ふーっと長い息を吐いてせっかく整えられた髪をくしゃくしゃと乱した。童顔の彼はそうするとまるきり十代の少年じみて見える。意識して使い分けている、これは綱吉の顔だ。
「わかりましたよ、もう」
 羨ましいだけですと彼はいった。
「……ナニが」
「オレが相手じゃあいつは本気になったりしないから」
 ―――ちょっと待て。
 雲雀が眉を吊り上げれば、綱吉はそういうことですと肩を竦めた。いや、そういうことですじゃなくて。
 妙なところでダメツナを引き摺っているこの青年のことだから大方、見当違いの焼餅でも妬いているのではないかと考えはしたが。
 ………これは嫉妬と括っていいのかな……?
 何か違う気がする。多分激しく違う。雲雀は途中から思考をお空に飛ばすことにした。
 まさかリボーンの機嫌の悪さやいつもと違う余裕の無さをそう取るとは相変わらずの予想外っぷりだが。
 客観的に見て綱吉は十分以上に強い。
 強くなったのだ。その辺の殺し屋では返り討ちに遭うこと必至なほどに。それもこれも追いつけないリボーンという標があったから。
 あの存在が彼の中でいかに―――ほとんど神格化されているのかを確認させられる。そんなものを相手にしては苦労するどころではないだろう、あのコドモは。何しろ過去の自分がライヴァルでは。
 どうしよう……おもしろすぎる。
 視線を逸らして肩を震わす雲雀に綱吉はわかってますよとぶすくれた。
「立ち位置が違う。オレは、リボーンにはなれません」
「わかってるじゃない」
「学習しましたから」
 それでも悔しいし、近づきたい気持ちは消えないのだ。それはもう細胞に染込んでいる決意にも似た羨望。
「どーせ、無理だっていいたいんでしょ」
「うんまあ、無理だとは思うよ」
 どれほど強くなろうと彼が君を相手に本気を出すっていうのは。それこそボンゴレを切る瞬間でもない限り無理だ。そんな事はいってやらない。
「ちぇー」
 でもいいんですー、オレ長期戦って決めてますからー。ばたりとソファに倒れ込む綱吉はどうやら本格的にいじけモードに突入したらしい。どうしてくれよう。天下無敵のお子様に同情したくなるなんて世も末だ。
 この分では攻防戦には気付いていても、それが何に端を発しているかは解っていないこと請け合いである。あまりといえばあんまりな。
「じゃあ、また鍛えてみる?」
 あの星に届かないのだと泣いていた頃のように?
 雲雀はにたりと意地の悪い笑みを浮かべて彼の顔を覗き込んだ。見上げてくる眼はかつてより随分強い光を放つ。睫の長さの判る距離で綱吉が口を開きかけた。瞬間。
 顔の横で薙いだトンファー。
「ったくしょーもねー」
「リボーン?」
 いつからいたのさ、と。
 跳ね起きた綱吉はどこから聞かれていたのかと赤くなったり蒼くなったり忙しくて判っていないが、今のはかなり本気だったねと雲雀は弾いた弾丸が天井にめり込んでぷすぷすと燻っているのを見て口笛を吹いた。相変わらずいいところで邪魔に入ってくれる、扉に仁王立ちした少年は一瞬雲雀を睨みつけてそっぽを向いた。
 ―――おやおや。
「くだらねーこと考えやがってこのダメツナが! 来い、鍛えなおしてやる!」
「うえぇ!」
「ハイハイ、行ってらっしゃい」
「ちょっと、雲雀さん?!」
 ひらひらと手を振って、強制連行される背中に溜め息ひとつ。何だかんだで綱吉が嬉しそうなのだからはっきりいって止める気もしない。
「ま、たまには苦労するのもいいんじゃないの」
 振り回される人生もそうそう悪いもんじゃないよと、誰ともつかぬエールを送った。

綱吉バカだー!(待て)
雲雀さんが面倒見のいいお兄ちゃん風になってます、貧乏籤の。
なんかズレてるらしいリボツナ。信用はしてるけど通じ合ってない。

2005/11/08 LIZHI
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