飛び交う罵声と歓声。一瞬にやり取りされる紙屑のような金の流れ。
薄暗いフロアの中央で、そこだけ照明に浮かび上がる仰々しくも金網に仕切られたリング。そこに棲まう猛者たちの、スポーツではあり得ない本物の命の削りあい。飛び散る血飛沫の数だけ観客は酔いに酔う。
異様な熱狂と興奮渦巻く現代の祝祭空間は成程、人間を躁状態とするには十分な要素を揃えていた。
ここに、それら全てを醒めた色で眺める眼差しがある。
「ツーナ」
苦笑で窘める見事な金髪の美丈夫に、愛称で呼ばれた青年はわかってますよと声を潜める必要すらない喧騒に呆れ返った。といってもこの場は特別席で下とは随分趣が異なるのだが。
兄弟弟子の付き合いからか互いの顔色を敏感に読み取った二人だが、傍からは同盟ファミリーのトップ同士、試合を肴に歓談しているように見えるだろう。必要な話し合いの為とはいえ、本気で「帰ろうかな」と思っている綱吉だった。詰まらぬ男ではあるが主催者の顔を立ててやらぬことには、上手く運ぶものも運ばない。
この場にディーノがいるのがせめてもであった。
なんというか、前線から離れて久しい人間ほどこういったものに楽しみを見出すのだろうか。
―――自分がやりゃあいいんだ、自分が。
目の前で出入り抗争になったってこんな風には感じない。
この嫌悪感は格闘技の好き嫌いではない。そもそも格闘技ですらないルールはあってなしの命のやり取りを否定したいのでもない。そんなこと彼らには日常茶飯事だ。
ただ、けして己に危害の加わらない場所で見下ろすこと。自分の欲求を強者に仮託して殺せ殺せと叫ぶこと。
形は似ても贔屓のスポーツクラブに肩入れするのとはまったく違うものだ、これは。
主観の相違というべきか徒労に近い疲労感が身の内にある。
「あれが当クラブ随一の猛者でございます。お賭けになりますか?」
紹介を受けた支配人が二人の席に近づいて恭しい仕草でリングを指した。なるほど、挑戦者とは比較にならないほど横にも縦にも奔放に伸びた躰はさしずめ筋肉の鎧といったところか。
「相手は飛び入りのようだな」
ディーノが等閑に言葉を綴る。支配人が誇らしげにシステムを説明し始めたのを適当に聞き流していると、それまで黙り込んでいた綱吉が声をあげた。淡白な反応のこの東洋人の賓客が何か気分でも害したのではと、支配人は彼の素性を―――はっきりとではないが―――思い出して僅かに蒼褪める。それは次の瞬間杞憂とわかったが。
「……は、飛び入りのほうでございますか」
「そう。彼に賭けていけないわけじゃないだろう?」
それは勿論。答えつつリングの上、クラブの猛者たちの誰よりも小さな躰を窺う。東洋人だろうか。目の前の青年は同じ血に誼を感じたのかもしれない。だが、彼の提示したのはこちらのひっくり返るような金額だった。
本当によろしいのでと恐々確かめると、うん、となんとも軽い声で肯定される。
「彼の気紛れだ、気にするな」
もう一人の賓客の含み笑いに、はあ、と引き下がるしかない支配人だった。万が一にも難癖をつけるような相手でないのは確かだろうと。彼もまた、自慢の猛者の勝利を信じて疑わなかったのだ。
同じ頃、ボスと同席の許されなかった彼らはあまりにも場違いな顔に一方的に出くわして呆然としていた。
いや、似合うといえばこの上なく似合っているのだが。
「そういや、出るとき雲雀が妙に笑ってたような……」
「ありえねえ……」
「まあ、オレがここにいるのもありえねえったらそうだしなぁ」
「気付いてると思うか、十代目」
「多分」
ピアス状の受信機から届く綱吉の様子はそうとしか思えない。何となく疲れた溜め息を吐いてしまうボスの両腕たちだった。これは絶対に面倒なことになる。それさえもいつものことだ。
そして、数分後。
店内を観客の驚愕と怒号が支配したのだった。
◆ ◆ ◆
「いやー、助かった」
一宿一飯の恩を受けた浪人のように、笹川了平はぱん、と手を合わせた。実際腹も空かせていたようだが。それは見事に空になった皿の数が証明している。
切実だったのは判るがようするに食のためにあのような地下クラブに飛び込んだのだろうかと、綱吉は呆れていいやら懐かしいやら。いろいろ複雑で内心大変だった。危ない連中に店を出ても追いかけられていた彼を、密かに拾わせたのも綱吉である。勿論、動いたのは顔見知りの連中だ。
「助かった、じゃありませんよ了平さんってば」
雲雀さんも知ってたんなら教えて下さいよもうびっくりしたじゃないですか―――というのは確かに本音だった。僕は手っ取り早く稼げる方法と場所を思い出しただけだよと相談役は嘯いた。
「それに君は荒稼ぎしてきたようだけど?」
「驚かされた元は取らないと」
「たくましいな、沢田!」
「お蔭様で」
内容はさておき和気藹々と会話する三人に獄寺は置いていかれたような心持ちになる。そんなに遠くにいかないで下さい十代目……。
ボンゴレ十世の人生において、許容という文字が非常に重要になったのは彼のせいでもあることを右腕は知らない。
「賑やかなのが増えるなあ」
間違いない近い未来を前に、どこか達観した様子の山本だった。
了平さんが合流するとしたらこんな感じ……本誌で不遇なお兄さんを応援したい。
2005/11/03 LIZHI
↑そうかそんな心持ちだったのかと今更ながら再発見。不遇は脱出したっぽいけど今後も目が離せませんよ(色んなイミで)
2006/12/08 LIZHI
No reproduction or republication without written permission.
CLOSE