表と裏と

 彼のもとに贈り物のあることは珍しくなかった。男女問わず。
 無論、危ないプレゼントなこともあるので厳重にチェックされている。妙な下心の場合も事後の面倒があるので受け取らないことも少なくない。とはいえ完全なシャットアウトは却って波紋を呼ぶために、そのあたりは適当に手配されているはずだった。綱吉の仕事といえばカードを書くくらいといっていい。
 少しばかり経路が違っても、彼の手元にあるならば危険はないと確認されているはずだ。
 リボーンがそれに目を留めたのはヒットマンの危機感ではなく、単なる偶然の産物である。
「なんだそれ」
 ベッドの上の綱吉はああとナイトテーブルに手を伸ばした。スーツの上着を脱いだだけの格好で、どこか気だるげに腰掛けている彼は今にもそのまま沈みそうに見える。
「貰い物」
 指輪にしては大きめの薄いケース。昔に比べればしっかりとした大人の男のものになった掌に乗ると、どこか華奢な印象を受ける。金色の優美な斜体文字が室内の明かりに一瞬映えた。
「カフリンクスか」
「いいでしょ」
 くすくすと笑み溢している綱吉はどこか自嘲ぎみで、それでいて機嫌は悪いほうでもない。
「……ああ」
 良く見ればリボーンにもそのわけが判った。件のカフリンクスはリバーシブルなのだ。シンプルな銀色は裏返すと別の顔を見せる。冷たく光る輝石がこちらを睨んだ。
 女性の勘ってすごいよねえ。オレちょっとびっくりしたよ。
 フンとリボーンは鼻で笑う。
「判ってんじゃねえのか」
「さあどうだろ」
 ちょっと投げないでよね、と片眉を上げて綱吉が抗議するが、知ったことか。軽いケースはベッドに落ちる前に綱吉の掌に収まった。
 綱吉が物で喜ぶことはあまりない。
 彼の周りにあるものは確かに最上品ではあるが本人に高級志向があるわけでもない。大抵は必要だからで、服であれば着心地や質の良さ、好み、時にはこうした皮肉のほうが彼の心を強く捉える。
 車の買えるようなスーツも、市で見つけた曰くありげなラペルピンも綱吉には何の変わりもないものだ。
「女は怖えぞ」
「確かに」
 生意気な。百年早いと、緩められたネクタイをついと引いてキスを落とした。
 急いた行為に呻くように声が上がれば、彼のものではないマグノリアの香りが邪魔をした。
 我の強さ、タフさ、覆い隠して余りあるエレガンツァ。
 重なった唇を離すと、悔しそうに赤く染まった目尻が映った。
「百年後じゃオレおじいちゃんだよ」
「気にすんな。オレもだ」
 ああくそー振られた。綱吉の腕がリボーンの首に回される。未だに彼が触れてからでなければ伸ばされない綱吉の手。
 自分よりも大きいそれ。
「どうせお前にゃもったいない」
「いうと思ったよお前は」
 首筋に鎖骨に、口付けを落としていけば。熱くなった肌に触れた唐突な冷たさに綱吉は身を竦めた。ひゃっと色気も何も無い声が飛び出す。
「ちょ何、して」
 いつの間にかリボーンの口に咥えられた金属の、ひんやりと温度を奪う輝石が綱吉の肌を滑っていく。馬鹿野郎、と慄く唇が切れ切れに紡いだ。ささやかな、けれど慣れない感触に躰が勝手におかしな反応をしてしまう。それが酷く悔しいと綱吉は心裡で罵倒した。
「失恋記念だろ」
「こっの、馬鹿エロガキー!」
 その後。
 綱吉がそのカフリンクスを使うことがあったかどうかは花の香りの向こう側だ。

振られ綱吉。えーとこれは女性の賭けだったわけです。
ツナに何かあるとは思ってて、受け取って彼が話してくれればよし。でもツナは「ありがとう」とかいっちゃうから。その世界に生きられる人でも、知らないままいられる人でも、知って知らないふりの出来る人でもなくて、彼女がそれをよしとしないならそれまで。みたいな。
ほんとは知って知らないフリだって出来る人だったと思います。でも出来なくなりそうだった。
ツナの行動は冷たいというより、覚悟もないままに巻き込む可能性を考えたらそれしかないってところかなあ。
この場合賭けに負けたのは綱吉かもしれんです(長!)

2005/10/30 LIZHI
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