苦い水

 自分も含めて家族にしてしまう彼は度量が広くて無頓着なのだと思う。

 原因は明らかに、今のランボにとって遠くて近い日々のせいだ。煙に包まれて垣間見るようになった十年前。昔、膝ほどの背丈から見上げていた彼を、小さくて可愛いらしい男の子だったのだと改めて思った。
 彼の身長をとうに追い越してしまったランボだけれど、それとはまた違った感慨だ。目の前にいるのはランボが長いこと見上げていた人。今でもどこか可愛らしさを残した彼は、けれど紛うかたなきボンゴレ十世だから。
 綱吉は小さなランボの庇護者だった。
 扱いは割と最初から容赦なかったけれど。
 標準的とは言い難い彼の周囲にあっても明らかな異物を、慣れという寛容で囲い込んで。いつしか居心地のよい膝の上は小さなランボの領土になった。
 それを錯覚だと悟ったのは綱吉がボンゴレを正式に継ぐ少し前のこと。

◆ ◆ ◆

「お久しぶりです、ボンゴレ十だ、」
 最後は爆発音に掻き消えた。ついでに姿も掻き消えたが。
 開けられた窓から入る風が妙に寒々しく火薬の匂いを綱吉のもとへと運ぶ。
 隼人、と疲れたように妙に目を輝かせている右腕を呼んだ。
「チビボムだったのは褒めるとこかも知んないけど、ここから落ちたらさすがに死ぬから」
「ご安心を十代目。生ゴミはすぐに処理します」
 いやそれ安心できないから、ていうか今処理っていった?!
「あのね、ボヴィーノはとりあえず味方じゃないけど敵でもなくなったからね」
「窓から入るなんざ賊と相場が決まってます」
「正面から来たら追い返すでしょ」
「勿論」
 気持ちよく頷く獄寺に、ごめんねランボと心で手を合わせる綱吉だ。天敵は遺伝子に組み込まれているのかもしれない、と。
「なあツナ、これ落ちてたぞ」
「あー」
「なんでンなもん拾ってくるんだ、アホ山本!」
「う゛わあああああん!ヅナ゛ぁああああ」
 懐かしい超音波に綱吉は困ったように眉尻を下げ、獄寺は青筋を立て、山本はやっぱ捨ててこようかなと手元から逃げた毛玉を眺めた。
 落下中に入れ替わって、幼児の柔らかさで事なきを得たのかもしれない。運がいいのか悪いのか。泣いている子どもは厭なことから逃げだして来たはずなのに、余計に痛い目をみたようだ。
「はいはい、飴あげるから泣くなよなー」
 コアラのようにしがみつき綱吉の膝に乗り上げた毛玉に、獄寺は悲壮な表情を浮かべる。
「十代目ぇええ」
「こんな子どもに何いったってしょうがないだろ」
「手榴弾投げる幼児だけどな」
「武も刀仕舞って。なんか黒いの出さないで」
「だからなんで拾ってくるんだバカ本!」
「番犬に噛み殺されたら、戻ってツナの家に死骸が転がるだろーが」
 生々しいことをさらっといいながら、それより何でここに飴玉あるのか聞いてもいいかと訊く山本は爽やかな笑顔だ。
「えー、だって食べるから」
 にっこり、と綱吉も笑みを返す。
「誰が?」
「……(ちっ、誤魔化されてくれないか)」
 やっぱ抹殺しといたほうが良さそうだなとにじり寄る側近たちに反応したのか、ランボがしがみつく力を強くした。

ぼん。

「今度こそお久しぶりです、ボンゴレ十代目」
「うん。でもとりあえず逃げたほうがいいよ」
 そのようで、と圧し掛かっていた綱吉から素早く身を起こして―――亭主に見つかった間男のように―――ランボは銃弾の雨から窓へと逃れた。
 とりあえず、窓から飛び出したくらいで彼は死なないらしい。結局何をしに来たのかよく判らないままだが。
「またおいで」

◆ ◆ ◆

 イヤだイヤだと泣き喚く子どもにボンゴレ十代目はおっしゃいました。
 ―――ねえランボ。お前もオレの家族だよ。
 一度懐に入れてしまったものを捨てることの出来ない人だった。貪欲なまでに甘い人だった。だからもう少し待っておいでと頭を撫でて。飴玉あげるから泣くんじゃないよと。
 そうしてランボの子ども時代を終わらせた飴玉は、甘くて酸っぱくて泣きたいほど美味しかった。

 けれどランボは、彼が与えてくれるものならば苦い水でもよかったのだ。

大人ランボ。未だに飴玉くれるボンゴレにちょっと困り気味。でも嬉しい。

2005/10/28 LIZHI
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