それで奴が反撃してきたらどうするつもりだったのだと非難する気は、馬鹿の顔を見た瞬間失せた。
代わりとばかりに、ぱす、ぱす、と気の抜けた音を立てた鉛弾が壁に穴を空ける。
両頬をぎりぎり掠めるか掠めないかというところで通り過ぎた風圧にも拘らず、綱吉はにこにこあぶないなあと笑っている。それはそれは嬉しそうな笑みである。自分感謝デーのハルの如しだ。
「おかえり、リボーン」
「テメーはいっぺん死んで来い」
「やだなあ、それ実弾じゃない」
「ほお、よくわかったな」
笑顔で応酬される会話と危険物に側近たちも手を出せない。というか、絶対に出したくない。
片割れが本邸に帰って早々、物騒なコミュニケーションを始める家庭教師とその生徒だった。
◆ ◆ ◆
綱吉がドンになってしばらくのゴタゴタを、石のように黙して生き延びた―――実態はまた別だ―――幹部が色気を出したのがきっかけといえばきっかけである。そもそも彼をじわりじわりと日干しにしていったのは綱吉でありその側近たちであるから何をかいわんやといったところだが。
トップを含めて東洋人たちが幅を利かせているようにみえる現在の体制と、たかが『貧相なジャッポネーゼ』である綱吉に逆らえない理由を最強たるリボーンに帰結させて、始末をもくろんだのもありえる話だろう。現実的かといえば、標的が『死神』である限り側近たちはそろって「ノ」と返すだろうが。
そしてリボーンが自分に降りかかった火の粉を払っている間、綱吉はそれはもう堂々と―――はったりをかましていたという訳だ。
始末しなければと思わせるほど自分にとって危険な相手が、見えない場所から己を狙っているとしたら。
相手が勝手に誤解したのだとうそぶく綱吉は、勿論そうするよう仕向けたのだ。
―――頭が痛ェ。
獄寺あたりは号泣せんばかりだが、その場にいたはずの山本はへらりと掴みどころなく笑っている。ドンの風呂敷のたねを知っていたのか知らなかったか。多分知っていたのだろう。もしかしなくともリボーンがスカウトしたなかで一番食えない男ではなかろうかと思うのが彼だ。判りきった返事を待つ時間も惜しい。
どうせ、何かあってもここぞとばかりに返り討ちにしていたのだろうが。
てぐすね引いて待っていた可能性すらあるが。
それに乗らなかっただけルチアーノはものを考えていたのかも知れない。仮令結末が同じだったとしてもだ。
ふっと、この手で地獄へ送った男の益体もない言葉を思い出す。お前さえいなければ。あれは確かそういっただろうか。
正規の仕事も予定外の仕事も、満足や達成感は欠片もなくリボーンはただただ疲れた溜め息をそっと隠すのみだ。
誰だ、こんな阿呆に育てたのは。
少なくとも自分じゃないと思うリボーンである。絶対、違う。
いつの間にやら側近どもは荒れた部屋から消えている。山本にいたっては間違いなく逃げたのだろう。
「お前に手を出そうなんてのが悪い」
つまりなんだ。
「テメー、あの程度でオレがどうにかなると思ったわけじゃあるめーな」
だというのなら、それは侮辱に他ならない。違わず眉間に向けられた銃口の先で、綱吉がすうっと目を細めた。
「まさか」
側近たちにはあまり見せない綱吉の酷薄な微笑。年々読み辛くなっていく彼の心は混沌としたままただリボーンに向かっている。
ぞくりと背筋を走るものは快であり不快でもあり。
存在を、まるごと、呑み、呑まれ、せめぎあって。他者の無粋な手がそれに触れることすら赦さない。何よりお互いがそうであること。
眩暈を覚えるほど飢えている。
認めることの酷く困難だったこの感情に名前はない。おそらくはずっと。
―――お前さえいなければ、あのひとはオレを見てくれた―――
酷く恨めしそうに、死の間際までリボーンを、けして届かなかったドンの影を見詰めて男はいった。呪うように。少しでも綱吉の心に瑕がつけばいいというように。
残念ながら。ありえねェんだ、そいつはな。
リボーン。名を。呼ばれる、存在ごと。
気を逸らすことなど許さない絶対者の無防備に伸ばされた指の先、乱暴に掴んで整えられた爪にキスを。
一番の予想外はボンゴレそのひとであることを、改めて思うリボーンだった。
本当は自分がギッタンギッタンにしてやりたいのをソッチはリボーンの獲物だからと手控えたんですから。
いろいろ溜めて、呑み込んで、そんで毅然と立っているツナです。あ、ちなみにこいつらどっちも愛人いるんですが。
2005/10/23 LIZHI
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