師匠

 何があろうとも中の人物を傷つけない配慮をされた車は優雅な見た目を裏切った動く要塞だ。それだけその主がまたその地位が重要であるという無言の宣言。大げさだと笑い飛ばせれば幸せだろうか。勇気と無謀は共通項のように重なる部分を持ってはいても、やはり似て非なるものである。
 この場合、勇気ある無謀は後部座席のドアが開けられた瞬間飛び込んで来た。
 あまりにも聞き覚えがありすぎて覚える気もしない決まり文句。事実数分後には男の存在ごと忘れた。銃、鞭、ナイフ。手元にあったが人目もそれなりだ。世間的には顔を知られていないとはいえ、まさか彼の人の後継者が街中で銃撃戦をするわけにはいくまい。
 距離、三メートル。狙いを外すほうが難しい。
 す、と影が動いた。
 鉛色のそれが鈍い光の軌跡を残して、襲撃者は地面に転がっている。おそらく何が起こったかも解ってはいないだろう。
「連れてって」
 雲雀のうむを言わせぬ指示に部下たちが手際よく動く。仕込みトンファーを見舞った本人は、苦笑する綱吉の肩を抱いて悠然と歩き出した。
 まったく、食事くらいは人並みに楽しみたいものだ。

◆ ◆ ◆

「―――何者なんです、あの人」
 店内に消えていくドンと新しい相談役の背を目で追いながら、一連の出来事に呆然としている若い衆に山本ははたして何と返したものやらと肩を竦め結局、そのまんま答えることにした。頭の使い道の半分は襲撃者にここまで接近を許したガードの不手際をどうするかに向いている。
「んー雲雀はなあ、多分ツナの師匠筋だ」
「師匠?」
「多分って」
「オレもよく知らねーんだわ」
 付き合い長い割りに。呟く山本にはどこか苦い翳りがあるように見える。陽性のこのドンの側近にしては珍しい表情といえた。
「でも」
 ドンの家庭教師ってあのリボーンさんじゃないんですかと。同じ疑問を抱いた男たちが重ねて問うが。
「家庭教師はリボーンだぜ。そりゃ間違いない。だから、雲雀は違うんだよ」
 要領を得ない顔をする男たちを山本は綱吉が「変わらない」という笑顔で煙に巻いた。
 確か、彼らが高校の時分だったと思う。
 滅多と単独行動することのなくなった綱吉がふらりといなくなる事があった。そうして痣やら何やらつくってくる。喧嘩にしては妙なのは常に手当てはしてあることだろう。獄寺は知っているのかと思ってそれとなく訊いてみてもどうやら彼も知らないらしい。気を揉んでいる彼と違って、ただリボーンだけは泰然自若としていたので危険はないのだろうと判断した。あの幼児が尋常でないことは当時さすがの山本も理解していたから。
 はっきりと訊いたことはなかった。多分自分は怖かったのだ。
 本邸のバーコーナーで勝手気ままに飲んでいてもどこか気が晴れぬまま。獄寺がいれば珍獣でも見たような表情をされることだろう。
「だからって今なら訊ける訳じゃねーし」
「訊けばいいじゃない」
 おわ、と仰け反った先には事の元凶―――雲雀。
「何を?」
 どれも推測でしかないけれど、あの頃綱吉は山本に対して迷いがあるようだった。気付いていないふりと、気付かれているのを気付いていないふり。それでも二人ずっと親友だった。綱吉が自分を大事に思っていることを知っていたから、それでよかったのだ。
 酷く卑怯だったと今なら思う。
「君の馬鹿面の理由」
 綱吉が首傾げてたよ無駄に人落とすから止めさせたいんだよねあれと、鼻先にほっそりとした指を突きつけられて眼を瞬いた。
「顔に出てたか、オレ」
「出てないよ」
 だから綱吉に訊けっていってるじゃない。雲雀は肩を竦めてグラン・マルニエを舐めた。彼は基本的に下戸だが嫌いではないのだ。
 まいったねえと山本は頬をかいた。どうやらポーカーフェイスは彼のほうが上手になってしまったらしい。それも当然か。狸爺どもと遣り合うには相応のスキルが必要なのだ。
「草食動物は目敏いんだよ。知ってる癖に」
 傍若無人の青年の相変わらずのいいように笑ってしまう。
「んー、やめとく。ってか、何かどーでもいいや」
 ひゅん、と山本の頭のあった辺りをトンファーが薙いだ。本気で危ない。
「なんなら手合わせしてあげるけど」
「いやもう、勘弁デス」

「で、何してんの、あのふたり」
「十代目がお気になさるよーなことじゃありません!」
 堂々と覗きながらいつの間にかリングになったその場に、何でもいいけどカウンター壊さないでほしいなあと思う綱吉だった。

雲雀さん加入の頃ですね。微妙に十年未満。
山本はね別に悩んでるわけじゃないんです。それは高校卒業とその後に済ませましたから。単に思い出しただけ。
雲雀がいるのが当たり前になればころっと忘れるだろーと思われる。

2005/10/21 LIZHI


捏造名前をぼかしてみた。えー、九代目もツナも本名以外に表の名前を持っているという設定にしてます。とりあえずイニシャルVであればいい。(2006/10/28)

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