ドン・ボンゴレの極めて優雅なる朝

 イタリアでカッフェといえばエスプレッソであるが、邸の朝はカップッチーノにはじまる。

 現在の当主は生粋のイタリアーノではない。とはいえそもそもが長い混乱と混血の歴史の上に生きている彼らである。そして当代は尊敬すべき初代の血筋の裔だった。邸の者は遠い国からやってきた主のための気配りを怠らない―――朝に強いとはいえない彼のための一杯の飲み物のように。敬愛する主が心地よく一日を迎えられるように。

 仮令それがどんなに儚い努力であってもだ。

 カップから零れ落ちそうなミルクの泡が持つ前にぐらりと揺れて、沢田綱吉は眉間に僅かばかりの皺を寄せた。執事はああ今日も駄目だったかと目頭をファッツォレット(ハンカチーフ)で覆った。
 だだだだだ、と頑丈な廊下が抜けんばかりの足音を響かせて入ってきたのは猪、もとい彼の十年来の右腕である。思えば遠くへ来たもんだと咽び泣いてもよかろうか。

「大変です十代目!」
「やかましい隼人」

 にっこり。
 獄寺の場合それでもボスへの挨拶とノックを忘れないあたり褒めてもいいかもしれないが、落語じゃあるまいしそんな八五郎はいらない。
 笑顔の主が構える右手のダガーに引きながらも獄寺は、「ああ今日も渋いです十代目」と脳内賛辞を欠かさなかった。口に出さないのはちょっぴり学習したからだ。主の表情と機嫌の好さは必ずしも一致しない、と。
 長足の進歩である。十年目の快挙だ。
 ふうと溜め息を落としてそれでと綱吉は促した。
「どうやらルチアーノのところが……」
 つまり、幹部の一部が遣り合った小規模マフィアの残党が、よりにもよってこちらの表企業においたをして下さったらしい。
 縄張りというものは基本的に都市ごとであるが、綱吉の統括するコングロマリットはイタリア、EUに留まらない。火種はどこにでも存在するが、それを最小限に抑えるのも腕の見せ所だ。
 馬鹿の相手は厭だなあ。
 掛け値なしに思う綱吉だ。力といっても今時振るうのは暴力よりも経済力。あくまで平和に穏便に話し合いで事が済むのが一番よかろうに。
 それを甘いと思う人間は身内にも未だ存在すると、いうこと。
 この場合馬鹿はどっちかなあと綱吉は暢気にカップッチーノを啜る。うん、今日の出来も素晴らしい。惜しむらくはそれをゆっくり楽しめる暇が無いことだ。
 騒ぎを収めるのは造作もないが、むしろ身内への対応のほうが面倒だった。視線を斜め上に小首を傾げる主に獄寺の脳内賛辞が止まらない。
「太り過ぎて自分の尻も拭えないような御方だからねえ。いいよ、そっちはさっさと送還して」
 下手に殺されてもアレだし、と。ひらひら手を振れば右腕は笑いもせずにハイと歯切れよく頷いた。既に動けるものは動かしている。
 代わりに送り込む人選と策と、最終手段の許可。使わないに越した事は無いと言い添えた綱吉はだが。
「まあ今回、オレの責任もあるからね」
 といって、またにっこり。
 満面の笑顔再びに獄寺は口許を引き攣らせた。
 側近の彼にすら綱吉の情報力は把握しきれないところがあるのだ。ドンの全てを知ることが彼の役目ではない。つまりその綱吉が動かなかったということは。

 ―――どこの誰だよ、この人が甘いなんていう間抜けは―――。

 そして、それでこその主だと。
 いい口実になったかなあと危ないことは口に出さず、沢田綱吉、またの名をドン・ボンゴレはその座に相応しい上質なスーツの袖に腕を通した。右腕の男は主の意向に沿った後始末をいかにするかに頭を回らせた。邪魔にしかならぬ生きた化石には是非ともご退場願わねばなるまい。

 さて。今日もお仕事が待っている。

大人ツナの日常はこんな感じ。実は表に手を出されて怒ってるツナです。ごっくんめでたく右腕確定?

2005/10/21 LIZHI
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