【 Impersonators 】
「よく、呆れて物もいえないというけれど」
今度ばかりは強情で済むような話じゃないと思うね、と。技術畑でもあるせいか、そもそもの性向によってか、滅多と感情を露にすることのない友人が怒りの形相でそこにいた。
こちらは眼を醒ましたばかりだというのに、容赦がない。
「分かっているよ、こんなことは釈迦に説法というか、君みたいな人にはいっそ馬の耳に念仏だなんてことは、能く能く承知しているけれどね。あの化け物を相手にもし一瞬でもブラックアウトを引き起こしていたなら、君はここにはいなかった」
「―――そうぽんぽん物をいってくれるなカタギリ」
ベッドで半身を起こしながら、グラハムは心配させた代わりだろう小言に苦笑した。止めるまもなく側にあった軍服に袖を通すグラハムに、ビリーは処置なしだなと肩を竦めてみせる。今現在のMSWADに人員を遊ばせておくような余裕はないはずだから、強くもいえないといったところであるらしい。衣擦れの硬い音を響かせ、さて、と上衣の襟元を正しながらグラハムは尋ねた。
「ところで、私はどうやってここまで辿り着いたのかな」
「……そんなことだろうと思ったよ」
アイリス社の工場に現れた新型のガンダムを、曲り形にも退けた後、救助の到着を待って基地に戻ったグラハムを迎え入れたのは奇妙な熱狂だった。被害の大きさに憤り、また軍人らしい抑圧された感情表現ではあったが、そこに集った人間たちがMSWAD基地襲撃からこちら引き摺っていた翳りを一時でも払い、彼等の意識を頭を上げることに向けることが出来たのであれば、自分の役回りの滑稽さの如きは何ほどでもないと思われた。
オーバーフラッグスの隊長、グラハム・エーカー上級大尉があそこで無様に倒れるわけにはいかなかったのだ。
出迎えを受け、鷹揚に頷き、必要な指示を与え。部下に再び自信を取り戻させるべく―――グラハムは戦闘直後のアドレナリン作用と大半の意地だけで、求められる役回りを演じきった。
張りぼてでも構わない、今はアイコンが必要なのだと肌で感じ取ったがために。
しかし途中から記憶というものが曖昧であることは否めなかった。ぷっつりと途切れたようですらある。
「心配しなくてもいいさ、君は自分の足で歩いていたからね。まったくその面の皮の厚さには恐れ入るよ」
「面の皮、はないな」
いいや少なくとも外面は完璧だったと、それでも気付いたのだろうビリーは、見えないところにダメージを負ったグラハムを人眼につかないよう誘導したに違いなく。確かに診察を受けた形跡に、後で精密検査が待ってるそうだよと伝えて寄越す。
持つべきものは頭が回る面倒見の善い友人だ。尤も、グラハムが友人と呼べる人間はそれほど多くはないのだが。
「すまんな」
「そう素直なのは、詰り反省はしていないということなんだろうねえ」
溜め息を吐きながら、しかし謝るのは僕のほうさとビリーは傍らの椅子から立ち上がる。コップに水を渡されて、グラハムは有難く受け取りながら、何故だいと訊いた。
「一二Gだなんて非道な負担をパイロットに与えている技術者として、かな」
自嘲の混じったそれにグラハムは、
「馬鹿をいえ」
と、一刀両断した。
カスタムフラッグはエイフマン教授らの労作だ。ガンダムのようなオーバーテクノロジーではない、それが何ほどのことだろうと思えるだけの、価値在る結晶だ。
「撤回しろ、カタギリ。仮令君でも許すわけにはいかん」
「これは僕の正直な気持だよ。きっと僕だけじゃない、ね」
「それでもだ。初めに私がいっただろう、望むところだと」
やれやれ、といつもと同じ微かな笑みを浮かべた彼自身が、病み上がりであるという事実を細面に残る陰影に見て取った。
僕はねえグラハム、と彼が自分を呼ぶ声には、真摯というに相応しい響きが篭っている。
「君が機体性能の限界までも、余すところなく引き出すことの出来るパイロットだと知っている。そして君のフラッグの限界値に伴う負荷は、人間が容易く耐えられるものではなくなっている。勿論それが必要だったからだけれど、矢張り思うところはあるのさ。君は面倒臭い男だと思うだろうが、何、いいたいことはひとつだけだよ」
そういってビリーは、頭部の裂傷のためだろう、髪こそ下ろしたままだが格納庫で会った時とは違う、彼らしいと思わせる見慣れた白衣の背を向けた。本人が宣言した通り、教授亡き今フラッグを任せられるのはこの男しかいないのだ。そうして、軍服に袖は通したが未だベッドの上のグラハムに片手を挙げた。
「いずれ僕らが君に追いついてみせる―――だから、それまで生き残ってくれ」
個室に一人残されてグラハムは小さく、けれど声に出して笑った。まるで挑戦めいている、と思い、他の何ものでもあるまいと断ずる。
そして、彼という男が失われなかったことに、何に向けてかも分からず感謝した。そう思い至ったのが、あの日からこっち、初めてだということにも漸くのこと気が付いた。まるで考えないようにしていたか、目隠しでもされていたような気分だ。
失ったものは大きい。ただ、失わずにすんだものもまた同じように大きかった。
死者に向けられていた眼差しは基地の人間のものだけではない、グラハムにとってもまたそうだったのだ。
「あの、負けず嫌いめ」
アイリス社工場襲撃でスローネに一矢を報いた後、ということで。しかしフラッグのライフルがわざわざ製造会社名まで判明してた理由ってこれだったんだな…。某国映画産業的には普通にこの人が主人公。脳だの眼だのもキツイだろうに、てかハムはすでに人間を越えています。
二人して、背負い込んだもののでかさに四苦八苦。
2008/02/22 LIZHI
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